「あ、お帰りなさい!もう少ししたらお風呂入れますんで。結構遠かったでしょ?狼煙」
『お帰りなさい』と『お風呂』のゴールデンワードに、オレの中に棲むティーカッププードルのマロンちゃんが尻尾を振る。
(エエなぁ、姐さん。もしかして若い頃に雄琴で働いてたんか?それともケンとナオコのナマタマゴ世代なんか?それなら最後の『それとも、寝る?』を忘れないでくれ。しっかりツッコミ入れるから)
訳の分からんスナックのママから言われる『お帰りなさい』には吐きそうになるけど、こういう所でさりげなく言われると嬉しいもんだ。
あ、ちょっと高めの温泉旅館とかの仲居さんとかから言われると、それはそれで企業の会長さんにでもなったかの様な気分になるよな。土産コーナーではアラレの試食しかせーへん貧乏性やけど。
「ゆっくりで大丈夫です。そうですね、行きよりも帰りの方が時間掛かりました。ちょっと遠回りしたのもあるんですけど」
「あ、山越えで戻って来たんですね?」
「そうですそうです。今日はもうこれで終わりですね。後は風呂入ってビール呑むだけです」
風呂上がりのビールはもちろんここで。
んなもん美味いに決まっとるがな。
ンッ…ンッ…ンッ…………………
ぷはーーーーっ
うーまーー!!
山間で蕎麦、河原でスイカ、旅館でテッチリ、民宿で猪鍋、秀樹でカレー、スーちゃんで素麺、芳恵でエメロン、そして海辺のビールである。
これがもしマイアミ辺りのプールサイドならモヒートの可能性もあるが、能登半島の海辺ではビールを注文するのが紳士の嗜みだ。
間違っても梅酒ソーダなんか呑んじゃいけないし、そんな男は執行猶予無しのゴビ砂漠行きを求刑する。
テラス席からは浅瀬に設置したデッキまである。女手1つで大したもんだ。
「すみません、ビールおかわり下さい」
「はーい、ありがとうございます!美味しそうに呑みますねー、私も呑んじゃおかナ♪」
「あ、それじゃ僕の伝票につけて下さい。ナンボでもどーぞ」
「えー!それは流石に申し訳ないです。初めて来られたのに…」
「いやいや、全然気にしないで下さい。たかだか一週間の旅ですし、昨日まで体調悪くてずっと呑んでなかったんです。4日ぶりの酒なんで、良かったら一緒に回復祝いして下さい」
「あー、それは美味しいでしょうねー!分かりました、じゃあ甘えます!」
「どーぞどーぞ。店の酒無くなるまで呑んで下さい」
最終日がここで良かったと、本当に心からそう思った。
蛇の模型持ち歩いてる教授もいないしな。
「じゃあ、カンパ~イ!!いただきま~す♪」
浅瀬に突き出したデッキ席に誘われ、そこで髪質パサパサ系の金髪姐さんとビールで乾杯。
昼間に出会ったセイントフォーじゃなくて少しだけ残念ではあったが、よく考えてみりゃ20も年下の女の子と呑んだって話が合わないだろう。
極々たま~にだが、付き合いで行ったラウンジだってそうだ。若い女の子が付けば確かに華やかだが、話す内容に寄ってはコッチが接客してやらなきゃならんのはめちゃめちゃしんどい。
ま、一般的なオッサン客はそれでも楽しいのだろうが、オレの場合は自分の店で毎晩の様に接客してる立場だ。休みの時くらい気を遣わずに呑みたい。
つか、呑み屋の裏側を知り尽くしてると、それが得なのか損なのか分からなくなる時がある。
オレだって若い頃は色恋で集客してた黒歴史があるが、若い頃はそれなりに楽しかったと思う。
が、歳を重ねた今になって思うのは、『あんな下らない仕事するくらいだったら、寿司屋で修行でもしときゃ良かった』という後悔しか無い。
寿司職人は今や、世界中に職場がある。
結構前にブームは去ったとはいえ、それでもオレの職種に比べりゃ引く手数多だ(職種はナイショ)。
後に海外で働く様になった時、その比較にならない求人数とギャラの違いに愕然とし、何でオレは寿司職人の道を選ばなかったんだと本気で悔やみ、何で若い頃に楽ばっかりしてたんだと自分に本気で腹が立った。
ま、過ぎ去った日々を後悔するくらい馬鹿馬鹿しい事は無いのだが、それでもこうやって綺麗な海で、綺麗な夕陽を見ながら美味い酒を呑んでると、そりゃ嫌でも色んな事を思い出してしまうわな。
二人の写真も手もとにあるし、コロナで逝っちゃったあのバカの事も浮かんでくるし……全く困ったもんだな、夕陽ってのは。もし今サザンの【YaYa】でもBGMでかかってたら声出して泣いとるぞ。スパイダースのアレならブチギレとるだろうが………
「今日はちょっと雲がね~、でも綺麗でしょー?」
「はい、綺麗ですね」
「私、いつか海のそばで店をやるって決めてたんですよ!ここは本当に偶然みたいで偶然じゃない。運命だったのかなー……」
「そうかも知れませんね」
「はあ~………何か痒いですね」
そうなんですよ姐さん!
早よ中に入りましょ!
オレもう5ヶ所くらい蚊に喰われてるしっ!!
海辺の夏も考えものである。
甘くないよな、田舎暮らしって。