(しっ……かしまあ……すげーセンスやなあ……プププッ………プハッハッハッハッ!)
心の中で大爆笑してしまう程に強烈なもの。
それは他でもない、宿の共有スペースでもある別室だった。
(今時こんな趣味って……ププッ!……ピアノの上にフランス人形どころの話じゃねーぞ、これ)
カバーが掛けられたビリヤード台にしてもそうだが、この大きさなら中古でも相当な値段になるだろう。
他の装飾品や絵画、それに飾り棚なんかの価値はさっぱり分からんが、それがどうだとか言う以前の問題として、この趣味嗜好と同じ周波数を持った人が現代にいるのだろうか?
女将さんには大変良くして戴いてるのに申し訳ないが、下見でこの部屋を見せられたら顔面神経麻痺を起こして逃げ帰っていたに違いない。
(凄いわ本当に。クララの屋敷っつーより、アードレー家に近いな。て事は、あの女将さんはラガン夫人……じゃなくてエルロイ大おばさまで、裏の主人は正体を隠したアルバートさん……いやいや、チラッと挨拶だけはしたけど丘の上の王子様って感じじゃなかったな。どっちかっつーと【畦の脇のお百姓さん】みたいな感じがしたし、女将さんだって鶴橋のタコ焼屋にいそうな見た目だったし……ま、んな事はどうでもいいけど、どないしたらこんな趣味になってまうんやろ?やっぱり貴族のキツネ狩りが原因か?)
ゼーゼマン家からアードレー家に昇格したシャトー・シュヴァル・ブラン。
白いテーブルはバーベキュー仕様という徹底ぶり。やはりペットはスカンクなんだろうか?
「おはようございます」
「あ、女将さん、おはようございます。そろそろチェックアウトしますんで」
「ああ、もう出られるんですね。すみません、ありがとうございました」
「こちらこそ。………あのー、もし良かったらライダールームの方も見せていただけませんか?」
「どうぞどうぞ、こちらです」
ちょっと薄暗い階段を下りるとランドリー室があり、その横から再び階段を上がると、最初に泊まる予定だったライダールームが3部屋ある様だ。
「こちらです」
きしむドアには、【キャンディス・ホワイト・アードレー】と彫られた銅板の下に、『おチビちゃん、笑った顔の方が可愛いよ』という台詞が書かれていた(←嘘)。
「えっ!?これが二千円ですか?めっちゃいいじゃないですかー!」
悪いが勝手に【ポニーの家】と命名させてもらう。
「二千円です。ただ、タオルとアメニティが無いのと、トイレとシャワーは共同なんですよ。陽当たりもあんまり良くないし…」
何を言っているのだろう?この大おばさまは。
お人好しにも程があるってのは正にこの事だ。
「なっ……そんなの当たり前じゃないですか!そんな金額でタオルとかアメニティ欲しがる様なバカは追い返して塩撒いてやりゃいいんですよ!このフカフカの布団だけでも充分やのに………もしかして、一人で予約しても一部屋で取るんですか?」
「まあ…そうですねー」
呆れて物も言えなかった。
もしオレみたいなソロツーリングのバイカーが三組来たらそれで満室。売上は六千円って事である。
「はああぁ………逆に泊まりにくい」
「え~っ!? アハハハハハッ!そうですかね♪」
「そうですよ。これで二千円は有り得ないです」
「ん~……まあ、そうなんですけどねー」
ま、店や施設の値段というのは、それぞれ経営者の考えがあって設定されている事が多い。そこをオレみたいな通りすがりがガタガタ言うだけ失礼になるので、それ以上は何も言わなかった。
「いやぁ………参りました。またこっちに来る時は予約させていただきます。もちろん一番高い部屋を」
「はい、是非また来て下さい!」
そんなこんなで、二日間滞在した白馬村。
観光どころか、ほぼ療養で終わってしまった感もあるが、少なくとも絵画みたいな景色を堪能出来ただけでも満足だった。
そして、この奇跡の宿に泊まれた事は何よりもラッキーだったと言っていい。
つーか、せめて三日は滞在したいな。殆んど寝込んでたし。
世の中がもう少し通常に戻れば、その時は三人くらいで来てワイワイやりたいところだ(←現地集合で)。
それにしてもいい所だったなー、長野。
長野ってひとくくりに言っても、山の中ばっかりだったけどね。
そういや、外食さえしてなかったな。
こんなとこまで来てスーパーの惣菜しか食ってない旅行者なんか、白馬村中探してもオレくらいなもんだろな。
さて、そろそろ行くか……
また来ます、白馬村。
次回はバクパイプ持って!