高原で迎える、爽やかな夏の朝。
キラキラと射す木漏れ日の向こうに、まだ溶けきれない去年の雪を残した山々。
窓をつつくキセキレイが、早く起きて来なよと私を呼ぶ。
おや?今日はリスくんも連れて来たのかい?
アハハ、ちょっと待ってくれ。
裏の泉で顔を洗って、そのあと搾りたてのヤギミルクをいただいてからにするよ。
そんなに急かさなくても、森の音楽会は逃げたりしないさ…………
朝から土砂降りなんですけど!
やっぱり児童文学本みたいにはいかんな、現実は!
「おはようございます、ゆっくり眠れましたか?」
「あ、おはようございます。はい、お風呂に浸かってからすぐ寝ました……あの~…泊まって早々なんですが、もう一泊させていただく事は出来ますか?」
「連泊ですか?あ~…ハイ……今日は大丈夫です…けど……」
少し困った顔をしたのは、恐らく今の部屋を二千円でというのが引っ掛かっているんじゃないかと推測した。
そりゃそうだろう。
オレがオーナーだったら、『別にかまへんけど、最初に予約した部屋に移動してなー』と言いたいところだ。
「あ、もちろん料金は正規の値段で払います。というか、あれで二千円は申し訳ないんで、二日分とも正規の料金で請求して下さい」
「えー!?いや、それは困ります。こちらが勝手に…」
「いえいえ、そうしてもらった方が気楽でいいんです。ネットで見直したら、今使わせてもらってる部屋って素泊まり3500円ですよね?」
「あぁ……はい、そうなんですけど……」
「僕も小さい店を経営してるんで分かるんですよ。ユニットバス付いて、アメニティとか全部揃って、洗濯機と乾燥機無料で、コーヒーもカップ麺も無料とか有り得ないですから。それならせめて正規料金で泊まらせて下さい。もし他に予約が入りそうなら、今のうちにライダールームに移りますから」
「えー!それは逆に申し訳ないですー!」
「申し訳ないのはコッチです。その代わり領収書だけ貰えますか?どうせ経費で上げるし気にしないで下さい。もうそんなにケチる歳でもないですし」
「いや~~ん!何か助かります~、すみませ~ん!もう本当にコロナでお客さん全然来なくなっちゃって……じゃあ、二日間五千円という事でいいですか?」
「いやいやいやいや、普通に二日分の七千円取って下さい!」
「いやーん、それは本当に困りますんで五千円で!」
………何だこのやり取りは?と、女将と二人で爆笑し、結局はシーツやタオルの交換無しという事で『二泊三日六千円』に落ち着いた。
いや、有難いんだが、正直言ってオレは素泊まり一泊一万円でも構わないんだわ。ガキじゃないんだから。
ただ、宿泊施設に関して言えば『どうせ寝るだけだから』というのが大前提であるオレにとって、『この宿に一万円の価値あるかなー?』と、後で嫌な気分になるのを避けたいだけ。
そこの何かが気に入ったり、そこが記念すべき場所になったのなら、安宿だろうが高級ホテルだろうが泊まるに決まってる。
そもそも節約とケチとは、根本的な物が全く違う。
人に対しては特にそうだ。
例えば、口先だけのお祝いと、程度に合わせた祝儀を包むのとでは、その人の人格さえ疑われる事態だって起こりうる。
学生なら話は別だが、いい歳こいた社会人が貧乏自慢した所で何も残らない。
何も残らないどころか、そんなヤツには肝心な時に何も返って来ないだろう。
そんな失敗をたくさんしてきたから言うのだが、ケチな人間だけにはなるもんじゃないなと、オレはいつも思うのだ。