(親父、京子ちゃん、ほら、草津温泉の湯棚やで。二人とも初めて来たやろ?)
草津温泉郷の中心にある観光名所、湯棚。
そこで二人の写真を手に持って記念写真を撮ろうとしていたのだが、意外と多い観光客から訝しげな目でジロジロ見られたのを気にしたせいか、何度撮ってもピントが定まらない。
つーか、一体何でそんなに変な目で見ているのか最初は分からなかったが(←鈍感)、どうやらバイクの他府県ナンバーと、二人の写真を持って何度も撮り直ししているオレが奇妙に見えたのが原因らしい。
「あのー、何かおかしいスか?」
露骨に嫌な顔をし、ヒソヒソ話をしながらこっちを見ている大家族の婆さんに、ちょっとむかっ腹が立ったオレは我慢出来ずに声を掛けた。
オレ一人なら無視する。
が、ここ何ヵ月かのオレは一人の様で一人ではない。
「え?いえいえ………オートバイでこちらまで来られたの?」
「そうですが、何か?」
「あ、いえ、随分遠くから来られたんですねえ」
抜かせクソババア。
随分遠くから来たと思っただけなら、紀州の規格外古漬け梅みたいな顔になるかアホ。
つーか、人の事変な目でジロジロ見る前にマスクくらい着けろや。
期限切れのイブリガッコみたいな爺さんと、はらたいらに4000円奪われた様な顔した婿養子も(←婿養子かは知らんけど)。
「一日で来た訳じゃないですけどね。そちらはココに住んでらっしゃるんですか?」
「いえ、あの……近場からちょっと……毎年来てますのでねぇ、ウチは」
「そうですか、そりゃ結構ですね。あ、失礼ですが、結構観光客が多いみたいですし、マスクは家族全員された方がいいですよ、お爺ちゃんとパパさんも」
「あら!……ホントにねぇ。でも、ウチは家族だけですから。ここら辺はまだコロナもねぇ……まだ全然で」
うん、何が言いたいのかは大体分かるよ腹黒婆さん。
悪いけど、分かる分だけ余計に腹立って来るし止めとけよ。相手が悪いぞ。
で、そこのイブリガッコとエハラマサヒロ。さっきまでのガン見はどうした?何で急に明後日の方に顔向けとんねん。
「ですよね。こっちは感染対策も厳しくされてるみたいですし、大阪とは全く違うなーって感心しましたよ。僕なんか何にも気にしてなかったせいか、昨日あたりから微熱出ちゃってますもん。ただの風邪だとは思うんですけどね、雨に濡れちゃったし……ゴホッ、ゴホッ!」
自然に出た嫌がらせとも言うべき嘘と偽咳に、そそくさと逃げる様にして退散する大家族。
スマンな。
普段のオレはナイチンゲールの次に優しい人間と自負しているが、テメー達の事は棚に上げて常識人ヅラする性悪ファミリーには真逆な悪魔になっちゃうタチなんだわ、昔から。
つーかな、アンタらと違って、バイクで一人旅してるオレの方が圧倒的に感染リスクは少ないって事だけは覚えといた方がいいぞ。
アンタら、どうせ晩飯付きのホテルか旅館にジジババの資本で泊まってんのやろ?
そうじゃなくても皆で一緒にメシ食うんやろ?
んで、イブリガッコとエハラマサヒロは酒呑んでガハガハ笑うんやろ?
小学生の息子の髪を部分的にブリーチした茶髪ママもノンアルな訳ないよな?
ドデカいメス鼠の耳が付いたピンクのスマホケースママがノンアルな訳ないよな?
そうすると従業員に追加注文したりするわな?
ダサいとも知らずに小汚ないヘアスタイルにされたガキだって、大人の食事会なんかすぐに飽きてウロウロするわな?
そうするとアチコチベタベタ触りまくるわな?
ついでに言うとな、遠方から来た観光客ばっかりがコロナの感染源みたいに言われてるけど、実はそうでもないって事くらいは地元の呑み屋の現状見てたら分かると思うぞ?アンタらも含めてな。
ちゃんと家族全員PCR検査してきた?
してねーよな?絶対に。
そこら辺な、オレ意外とキッチリしてるんだわ。悪いけど。
そういうとこやで、田舎モンのアカンとこって。
ま、こんな時期に他府県ナンバーで走ってたらこんな事もあるんだろうな。一年前にはニュースになるくらいの嫌がらせだってあったくらいだし。
そう考えたら、オレなんかまだマシか。