早朝6時。
二日連続になる平戸大橋を渡り、江迎鹿町方面へと右折する。
ここを左に行けば松浦市・伊万里市・唐津市へと向かい、九州最大の都市である福岡市までもそう遠くはない。
(ウウウウウウ………さ…さぶい………)
海岸線は強風を通り越して暴風。
平戸大橋を渡る時は、一瞬本気で吹き飛ばされるかと思ったくらいだ。
(ウウウウウウ………んがっ!もうアカン、ちょっと休憩して行こ!)
巨大なカブトムシのオブジェが目印になっている【道の駅 昆虫の里 たびら】には、昨日の朝も立ち寄った。
まだ薄暗い二月の早朝に、こんな片田舎の道の駅を利用するヤツなんてオレくらいなもんだろうと思っていたが、ここら辺は高速や有料道路が全く無いエリアなせいかポツポツと人影は見える。
要は、この道が主要道なんだろうな。トラックも多いし。
(ふああ~っ、温ったけ~っ!)
缶コーヒーの熱が、かじかんだ指先を生き返らせる。
厚手の手袋が苦手なオレは、真冬でもハンドルカバーがあれば基本的には素手なのだが、流石にここまで寒いとそれだけではキツい。
やっぱりグリップヒーター付けときゃ良かったなあ………もう、あまりの寒さで壊れかけのロボットみたいな動きになってたもんな、指先が。
(あ……ちょっと明るくなって来たな。てか、仏花売ってる店って開いてるやろか…)
これから向かう京子ちゃんのお墓は、京子ちゃんの実家からすぐ近くの山の中にあるらしい。
本音を言えば、そこへ行く事には最後の最後まで抵抗があった。
女々しいと笑われるかもしれないけど、そこへ行く事で京子ちゃんの死が成立してしまうっていうか、そこへ行く事で本当にオレ独りになってしまうっていうか。
何か、そんな気持ちだった。
でも多分、待っててくれてるんやろな。
結局、最後まで平戸にヤラレた。
小佐々に向かう途中には鹿町という小さな町があり、そこで早朝から営業している商店で仏花を買った。
再び小佐々に戻ったのは朝7時半で、京子ちゃんのお姉ちゃんから教えてもらった道順を頼りに墓へと向かう。
昨夜、料理と接客の余りの酷さに憤慨して宿へ戻った後(アメンバー記事参照。申請はどうぞお気軽に)、寝る前にかかって来た電話は、どうせ客からの予約か何かだろうと思っていたらお姉ちゃんからだった。
「………もしもし?」
「はい」
「ジュンちゃんね?」
「あ……もしかして、タカコ姉ちゃんですか!?」
「そ~うた~い!元気にしとったとね!?」
「はい、元気です。ご無沙汰してました!………あ、そういえばさっきおばちゃんから連絡があって、『タカコがジュンちゃんに会えんかったけん、悔しがっとった』って言ってました。すんません、また平戸まで来ちゃったんで会えなくて」
「今から行こか?」
「はい?」
「今からそっち行こかって」
「い、いや、僕、今平戸ですよ?」
「分かっとうよ」
「もう夜中の12時前ですし…」
「チッ、分かっとらんね~………ワタシの車はねぇ、飛ぶとよ」
京子ちゃんの姉であるタカコ姉ちゃんは、昔からサバサバした姉御肌な姉ちゃんだった。
そんなタカコ姉ちゃんの無茶ぶりを何とかかんとかかわしながらの会話だったが、それでも小一時間は話しただろうか。
もちろんオレだって会いたいが、朝5時起きを予定している以上は不可能だ。
睡眠不足で、しかも酒が残った状態でのロングツーリングは、命にかかわるほど危険極まりない暴挙と言っていい。
もう昔と違って若くないし、息子の事を考えると流石にね…
しかしタカコ姉ちゃん。『飛ぶ』ってアンタ、普段から一体どんな運転してんのよ?
タカコ姉ちゃんの性格上、それが容易に想像出来るのが余計に怖いわ。
「お母さんから聞いたばってん、ジュンちゃんとこのおじちゃん、亡くなられたとね?」
「あぁ、はい。去年の7月に」
「あれっきりやったけんね~、ジュンちゃんの家族とは。よかおじちゃんやったとに残念たい」
あぁ、やっぱり他人から見れば、親父は良い人に映ったんだなーと、改めて思った。
オレからしてみれば、ガキの頃から恐怖の対象でしかなかった親父。
昔は体罰が当たり前だったとはいえ、50cmの定規(昔はモノサシと呼んでた)で腿をバシバシ叩かれるのは毎日の事で、幼い頃に親父を好きだった記憶なんか欠片さえ残っていない。
ま、それだけ不器用な人だったんだと、すっかりオッサンになってしまった今はそう思ってるけど。
「ところで、ジュンちゃんとこのおばちゃんは元気にしとらすとね?兄ちゃんは?」
「さ…さぁ……もう長い事会ってないんで、僕にも分からないんですけど…」
「あ、ゴメン。そういえば、ウチのお母さんがそがん事言いよったたい。こんだけ年月経てば色々あるっちゃね~」
「ですね、色々ありました」
「京子のバカタレも、本当やったら孫でも出来とったかもしれんとにね~………妹のクセに姉ちゃんより先に逝ってからさあ、あのバカタレが!ほん~~…っとに、どがんしたら自殺なんかするもんかね!」
タカコ姉ちゃんは、豪快な物言いだが繊細な人だ。
それは、タカコ姉ちゃんの話し方を聞いていたら電話越しでも分かる。
姉ちゃんも、ずっと堪えて生きて来たんやろうな。
年々、小佐々の町から仲の良かった家族が出て行って、残った人達ってほんの一握りやもんな。
すっかり町が寂しくなったと思ったら、今度は可愛い妹までいなくなったんやもんな。
タカコ姉ちゃんはシングルマザーで、可愛い娘と二人で暮らしているらしい。
そりゃ強くならんとやっていけんやろな。
「もしもし?」
「……え?……ああ、はい」
「もう寝とるとね?」
「あ、いえ………ちょっと、色々思い出してました」
「京子の事をね?」
「…も、ありますし」
「◯◯さんとこのケンちゃんも亡くならしたって聞いたけど、ワタシも知らんかったけんね。寂しかろ、ジュンちゃん。みんな本当に仲良しやったもんね」
「………………」
「帰って来たかとやろ?」
「あ………」
「帰って来たかとやろ?小佐々に」
「そりゃあ…まあ、それが叶うなら嬉しいですけど…」
「帰って来ればよかたい!こっちに帰って来たいんなら、それが一番いいっちゃけん」
タカコ姉ちゃんは、いつだって言葉がストレートだ。
ただ、それが今は不可能だという理由まではまだ知らない。
(小佐々に帰る…か……………)