【平戸】という名前を耳にしても、実家が代々カトリックの人か、海釣りが好きな人以外はピンと来ないだろう。



正式には【平戸島】というが、九州本土と余りに近いのと、大きな鉄橋が架かってからは【平戸】と呼ぶ事が普通である。

因みに、オレが佐世保に住んでいた時にはまだ橋は架かっていなかったので【平戸島】と呼んでいたが、今はそんな呼称で会話する事なんて、殆んど無いんじゃないだろうか?



主な産業は漁業と観光で、申し訳程度に農業が加わっているが、何年か前のふるさと納税ブームで日本一になった事に味をしめ、過度な競争が仇となって規制が厳しくなったらしい。

ま、民泊のグレーゾーン時代と同じで、儲かると聞けば取り締まりが入るまではトコトンやるのが田舎モンの性だ。

誰かが最後に貧乏くじを引くまでは収まりが付かないのだろう。






「あ~、ココか~。やっと着いたわ~」







島の北西部に位置する人気ゲストハウスらしいが…………





Google Mapのナビじゃ、拡大しないと辿り着けない様な場所にあった今夜の宿。
ネットでのクチコミはかなり上々なのだが、こう言っちゃ何だが、最初っから値段で決めてたもんで大した期待はしてなかった。

素泊まり平日3000円、週末は3500円。

ま、一応は下調べはしたけど、ゲストハウスの個室ならこんなもんでしょ。

でも、断っとくが、オレはココに来たくて平戸まで来たんじゃない。
オレが昔住んでた場所付近にはビジネスホテルどころか民宿さえも無く、それに近い宿があったとしても、このコロナ禍で休業している所ばっかりだったのだ。
いや、言い訳がましいのは承知で言うが、この"如何にも"な感じのトロピカル宿、普段のオレなら絶対予約しないだろう。






プーケットの古箪笥の奥から引っ張り出して来た様なウッドテラス。
バカなファミリーパパは真冬でもここでモヒートとか呑むのだろう。




「こんばんはー」




暫くすると、別の部屋から女将さんらしい女性が出てきた。
まだ若く見えるが、おそらく40歳くらいか。
母をたずねて三千里に出てくるペッピーノ一座のフィオリーナみたいな疲労感はあるが、オレも疲れ果ててマルコの様な優しさを出す気力は無い。
すまんな、とっととチェックインさせてくれ。




「明日の朝食は、どうされますか?」

「あ、いや……多分朝早く出ますんで、結構です」

「ここら辺はコンビニとかも無いんですけど………夕食はもうお済みですか?」




シクった…………そう言えば、オレは熊本港から島原に渡るフェリーで、デイリーヤマザキのばくだんおにぎりを1つ食べただけだったのを、とにかく急いでココに来るために忘れていた。
そう言われてみると、爆裂に腹が減って来た。




「あ……まだ食べてないんですが、ココで何か食べられたりします?」

「ああ……基本的には予約の時点で用意させてもらってるんですが……賄いみたいな物でも良かったら作りましょうか?千円になりますけど」

「じゃあお願いします」




ネットの情報では、3000円くらいプラスするとお任せっぽい晩飯ディナーを食べられるそうだが、一応だが飲食店を営むオレから言わせれば、3000円も払うならそこら辺の居酒屋で好きなものを注文してチビチビやりたい。
で、やっぱりというか何と言うか、外観からして【地の海鮮&地元和牛のバーベキュー&自家製スモーク料理】とか出てきそうだな、と思っていたら案の定だった………。




「わあ~~っ、美味しそお~♪」




午後8時。

ヘッドの位置が高すぎてどうにも使いにくい共同シャワーと戦った20分後、併設されたレストランのテーブルに座って、瓶ビールで一息つくオレ。

その少し離れたテーブルには、髪をワックスでガチガチに固めた偽証券マンみたいな兄ちゃんと、男と旅行に行く時は財布に80円くらいしか入れてなさそうな若い姉ちゃんのカップルが座っており、その前でオーナーらしきオッサンが、キャンプで使う様なバーベキューコンロから、焼き上がったエビやら肉やらを次々とそのカップルの皿に置いていた。




(やっぱりな………確か、ネットには関西から移住して来た旦那が手造りで始めたゲストハウスって書いてあったけど、田舎に移住するとみんな同じ様な事をやり始めるんよな。あの内容で3000円ならサイゼリヤで大食い大会やった方がエエわ。つーか、カップルならまだしも、オレ一人があのスタイルでメシ食わされたら完全に餌付け状態やったな。賄い飯で良かった……)






お任せで出てきた賄い飯。仕上げの針唐辛子いらん。





暫くして出てきた、牛肉と野菜炒めの餡掛け定食。
仕事柄、牛肉を多用するオレにしてみれば豚か鶏だと嬉しかったのだが………ま、それは言うまい。
それよりも、さっきから横で瓶ビールを風呂上がりのフルーツ牛乳みたいにかっ喰らっている、オーナーの友人らしき地元のオッサン。
このオッサンが度々発する地鳴りの様なデカい声が、疲れ果てたオレの神経を泉ピン子並に逆撫でする。




(うっせーなぁ………さっさと家に帰れやアル中ジジイがあああ~っ!)






しかしまあ、よくここまで個人でコツコツ造ったなと感心する…………が、建付けが悪くてどこもガタガタ。
俗に言う『素人のやっつけ仕事』。





切なる心の想いが通じたのか、それから程無くして帰って行くアル中ジジイ。
が、今度はそのジジイと呑んでいたオーナーのオッサンが話し掛けて来た。




「ごめんなー、兄ちゃん。それくらいしか残ってへんかってん」




美味くも不味くもどっちでもない賄いメシを食っているオレに、この地ではミスマッチな大阪弁を投げ掛けてくるオーナー。

これか、ネットのクチコミにあった『オーナーさんが気さく』ってのは。
だとしたら、それは『気さく』じゃなくて『馴れ馴れしい』の間違いだ。
何しろオレは『兄ちゃん』と呼ばれる様な歳ではないし、何よりアンタ大してオレと変わらん年代だろうが。
別に仰々しい接客なんぞは無用だが、今時初対面の客に対して『兄ちゃん』なんて言うのは頭のおかしいメキシカンくらいなもんだぞ。





「あぁ………いえ、これで充分です」

「兄ちゃん、大阪からやろ?一人で観光?」

「いや、昔はこっちに住んでたんで………ちょっと寄り道です」

「へえ~っ、大阪のどこ?俺は高槻やけど」





うんざりしていた。

オレだって自分の店では、初めて来た客に対して馴れ馴れしい部類に入る方だとは思う。
が、それはあくまでも客の方から話し掛けられた場合と、その客の話し方や雰囲気でわざとそうする事が多い。
相手によって対応や言葉遣いを変えるのは、この業界においては常識中の常識だ。
しかも、オレが何でここを選んだのかというと、『たとえゲストハウスでも、出来るだけ他の客達とコミュニケーションを取りたくないから』という明確な理由があっての事だ。

ま、こういう宿の共有スペースにいると、たまには気の合う様なヤツと出会ったりもするんだろうが、そもそもウチの店はオレと話したくて来ている常連客がたくさんいて、オレはオレでその常連達と話すのが仕事の中身の半分くらいを占めている。
よって、休みの日やプライベートでは、なるべくなら一人でいたいのだ。だから個室がある安宿を予約したというのに、しかも、せっかく一息付いた貴重な一時がこのザマである。

ホント、ふざけんのもいい加減にしろっつーの。






寝相の悪いヤツの事など1mmも考えてないベッド。案の定、朝方落ちかけて目が覚めた。





何年か前に、レンタカーで鹿児島をグルッと周遊した事があり、その時に『くり屋旅館』という激安宿で一泊した時の話だ。

その旅館は、当時2名1室なら計4300円で泊まれたオンボロ旅館なのだが、その安さがウケてか、バイカー達にも非常に人気があった。

で、くり屋には温泉の大浴場が併設されているのだが、オレがのんびり浸かって運転疲れを癒しているところに、バイクで日本一周に出発したばかりという、やたらとテンション高めのガキが入って来たのである。

そのガキは辺り構わず他の客に話し掛け始めたのだが、どうやらその時にいた他の客達もバイカーだったらしく、最初のうちはバイク談義に花が咲いていた。

(うるせーなー、このガキは…)と思っていたのがオレだけなら仕方がないと諦めていたのだが、そのガキの余りにはじけたテンションに他の客も段々と辟易し始め、一人、また一人と風呂から出ていってしまった。

で、何となく嫌な予感はしていたのだが、やっぱりというか、わざわざ端っこで静かに浸かっているオレにまで話し掛けて来たのである。






くり屋旅館のホームページ。
部屋に付いてるTV・エアコンはコイン投入式という哀しき貧乏宿だった。






「こんばんはー!もしかして一人旅ですかー?」




真っ黒に日焼けした顔と腕。
そして、それを際立たせている、それ以外の真っ白な尻やドリチン。
そんな食い残しのトコロテンみたいなビジュアルをしたガキに声を掛けられ、思わず天を仰ぐオレ。




「………いや、二人やけど」

「あっ、そうなんですねっ!いやー、もしかしたらソロでツーリングしてる人かと思って。すんません、僕、日本一周の旅に出て、今日で3日目なんですよー♪やっぱりバイクで周ってるんですか?」

「………レンタカー」

「あ~、車ですか。じゃあ結構遠くから運転して来たんですね?」

「……いや、鹿児島空港からレンタカー」

「ああ………じゃあ、まだそんなに運転してないんですか……ね。何日くらいの旅行ですか?」

「3日。明日帰る………悪いけど、もうエエかなあ?静かに入っときたいんやけど」

「あっ……………す…すいません………………」






宿前の土手に飼われているヤギ沼さん。
ベトナムでは鍋が有名だ。





ま、こんな狂ったトコロテンに遭遇する事は滅多に無いと思うが、オレが言いたいのは【誰もが同じテンションで旅をしてる訳じゃない】って事なのだ。

それは飲食店にも言える事で、隣同士で和気藹々と呑みたい客もいれば、出来ればそっとしておいて欲しい人もいるのである。
また、それを誰よりも早くキャッチしてやるのが店側の努めという事になるのだが……………










「うっそ~ん!めちゃ可愛いソレ♪今度の誕生日に、欲・し・い~🖤」







なあ、隣の彼女……

お互いに自分のインスタを見せ合って盛り上がるのは勝手だし、アンタが彼氏に何をおねだりしようがアンタの自由だが、大人としてこれだけは言わせてくれ………















アンタさっきトイレから出て来てずっとパンツの後ろからトイレットペーパーはみ出しとるぞ。
彼氏も気付いてやれや!
彼女が逆エクトプラズム状態になっとるやないかいっ!!