「あらっ、こんばんはー♪」
夢遊病棟に到着後、三時間が経過。
さっきまで重症患者だったと思い込んでいたハルミネさんと、対面に座って話し込んでいる所に、もう一人の宿泊者であるバイク乗りの女の子が帰ってきた。
彼女のあだ名はゴンちゃん。
オレはバイクに詳しくないので説明出来ないが、ゴンちゃんはこんなバイクに乗っているそうだ↓
「お邪魔してもいいんですかー?」
「どーぞどーぞ、オッサン二人しかいなくて申し訳ないんですが」
共有スペースであるキッチンで缶ビールをあおっているほろ酔い状態のオレと、絶滅寸前のインカ人が主食にしてた様な、妙な色した芋の煮っころがしをパクついているハルミネ氏。
この汚ならしいジジイ二人の間に入ってくれる様な女性は、世界中を探してもマザーテレサの次くらい優しい女に違いない。
「ゴンちゃんは、沖縄に行くんですよ」
さっきまで、墓場の下から呻き声を漏らしているしゃれこうべみたいな存在だったハルミネ氏。
それがどうだろう。
ゴンちゃんという30代の一人旅女性が戻って来ただけで背筋が伸びただけでなく、急に発声が良くなった気がするし、妙な爽快感がシミだらけの顔に漂っている。
尻の穴にメントールキャンディーでも詰めとるのかアンタは?
「へえ~、沖縄にはツーリング?」
「いえ。私、つい最近まで愛媛で働いてたんですけど、今回は沖縄で就職する事になったんです」
ゴンちゃんという女の子が、どこの出身でどういう流れで沖縄に住む事になったのかとかは覚えてないが(←出たテキトー)、やっぱりジジイの顔をツマミに呑むより華があっていいよな、女の子って。何だか知らんが酒がすすむわ。
「て事は……もしかして医療系?」
「わー凄い!何で分かるんですか!?」
「いや、このご時世に沖縄行っても仕事の選択肢が限られてるやろうし、一番引く手あまたなのはナースとかかなーと思って」
「ジュンさんは、どちらまで行かれるんですか?」
「オレ?オレはねえ……種子島。さっき、明日乗るはずだったフェリーが欠航するって電話があったけどね。おかげで、この後のスケジュール全部ずらして行かなアカンわ」
「あららら、私も沖縄行きのフェリーが欠航なんですよー。いや~、でも種子島かあ、いーなー♪ていうか、もしかして駐車場に停めてあったピンクナンバーって、ジュンさんのですか?」
「うん」
「あれで大阪からここまで来たんですか!?」
「そう」
「スゴー!なかなか面白い旅してますね~♪」
面白いかどうかは知らんが、一番金が掛からんのは原付だから仕方がない。
あぶく銭が毎日湧いて出る様な暮らしだったら、もっとのんびり花馬車か何かで旅するところだが………それにしてもなるほどね、やっぱりナースだったか。
でも偉いよな?
こんな時期に、たとえ『沖縄に住んでみたい!』とかいうミーハーな気持ちがあったとしても、一番しんどい医療の現場に飛び込んで行くってのは並大抵の覚悟じゃ出来ない事だ。
素直に尊敬するよゴンちゃん、あんたマジで侍だわ。
それとは逆に、オレが最も軽蔑するのは『自分探しの旅』とかいう言葉を吐く連中だが、海外なんかでもそういうバカは大体挨拶を交わしただけで分かる。
そんな奴らの殆んどは卒業旅行の大学生で、残りは職を転々としては夢ばっかり語ってドロップアウトしたダメ社会人。
特徴としては、インドやカンボジア等の施設に住む子供達に、オリガミと鉛筆と押し付けがましさを土産に持って行くという共通の性癖を持ち合わせている。
ちょっと話は逸れるが、そんな奴らの思い出話でもしてみようか。
20年近く前、例のアユタヤーにあるゲストハウスに長期滞在している時、こんな事があった。
その男の名前は、タケシという事にしておこう。
タケシは東京在住の25歳。
高校を卒業後すぐに就職するが、職場での人間関係が上手く行かず、一年も経たずに退職してしまう。
退職後は居酒屋等のアルバイトをしていただけだったが、実家住まいだったので、特に生活に困る程でもなかった。
そんな生活を二年くらい続けていたある日、世界一周ブロガーが書いた記事に感化されたタケシはバイトを辞め、手持ちの20万円で東南アジア一周の旅に出る。
タイ→ラオス→カンボジアと周ったところで、プノンペンのゲストハウスで知り合った日本人から紹介を受け、現地のボランティア活動に没頭する様になる。
金が尽きたら実家に戻り、また一年ほどバイトして、またカンボジアでボランティア。
そのうち、バイト先で見つけた彼女もボランティアに同伴する様になったのだが、そんな時にオレが滞在していたアユタヤーのゲストハウスに二人はやって来た。
「エ、エクスきゅー……」
「…………はい?」
3月のタイは暑季だ。
しかも、アユタヤーはタイの中でも特に暑い地域。
そんな中をバテバテになった彼女を連れ、しかも駅から徒歩で二人はやって来たという。
「あ、日本人ですか!?」
「はい」
「ここって、ゲストハウスですよね?」
「そうですよ」
「ここで働いてるんですか?」
「う~ん……無償だけどね」
「看板が日本語で書いてあったから、日本人のオーナーがやってるのかと思って。あのー、部屋空いてますか?」
「200バーツ(約660円)の部屋なら1つだけ空いてるよ」
「200バーツか~、ちょっと高いなあ……」
「ドミじゃなくてシングルだから、めっちゃ安い方だとは思うけどね。部屋にシャワーも付いてるし」
「う~ん、一応他も見てきます」
「どうぞどうぞ。でも、彼女はここで待ってたら?」
「え……何でですか?」
「連れて回るならトゥクトゥク使うとかじゃないと、そんなデカいバックパック背負って歩き回ってたら、熱中症でぶっ倒れるよ?てか、もう結構キテるよな?」
のぼせて真っ赤な顔になっている彼女は、どう見ても辛そうだった。
おそらくこのドケチ男に連れられて、かなりの距離を歩いて来たに違いない。
「いや、まあ大丈夫ですよ。じゃあちょっと他も見てきます」
そう言って立ち去るタケシの後ろを、ウンザリした表情をしながら付いて行く彼女。
「ジュンさん、ちょっと可哀想でしたね、あの彼女」
オレが日本語の看板を作ってから1ヶ月が経ち、徐々にだが、わざわざ駅まで声をかけに行かなくても宿泊者は増えて来ていた。
理由としては、ここを利用したパッカーが別の街で知り合った日本人に話をしたからだとは思う。
そして当然ながら、このゲストハウスに泊まっているのは9割が日本人。
そこで長期滞在をしてたのはオレの他にもう一人いたのだが、その子も心配そうな顔で見送っている。
「顔、真っ赤っかでしたよ?」
「分かってるけど仕方ないやんか、無理矢理引き留めるほど知ってる訳でもないし……ま、多分30分もしたら戻って来ると思うで。そやけど本当は、エアコン効いたホテルとかに泊まった方がいいと思うんやけどな。ここみたいにファンしか無いとこはしんどいやろ、彼女には」
「ですね。かなりキツそうでしたもんね、あの娘」
「◯◯君さあ、あの子達がもし戻って来たら、悪いけど部屋を替わってやってくれへんかな?一応ホテルの方を勧めてはみるけど」
「大丈夫です。僕の部屋の方が涼しいですもんね、陽当たりが悪い分。ハハハッ!」
それから約1時間後。
嫌な予感は的中する事になる。
写真は翌日に行った、鹿児島ラーメンの有名店。味は話にならん。