思想と変貌思想。

静なる思想と動なる変貌の思想について

 

静なる思想とは通常の思想であり動なる思想とは宗教思想と見る場合、どのような変貌があるかについて。

まずは宗教から信仰をとると思想です。

 

そして、そもそも思想は1つの箱です。宗教はただの箱ではなく、その箱に車輪がついています。

宗教とは紙面上の思想と人を乗せている箱を載せた機関車なんです。

これは常に現在進行形の姿をしております。

 

思想という箱には車輪はついておりませんが、山のどこかにぽんと思想の入った箱が置かれている状態。

或いは時にダイヤモンドのように玉石混合の中の石のように存在するもの。

これは嗜好する人が個人の力で探して見つけるもの。

単独の存在であり必ずしも現在進行形の姿はしていなかったりする。

 

私が宗教に置いて変貌する要素があるとしてみるのは、車輪の事です。

車輪を動かすにはエネルギーがいります。

そのエネルギーの思想と人を乗せた箱の中で鍋の中に油を作っている。

時に、

金の亡者のスパイスたっぷり入れて、誘惑と悪の想念を器用に洗脳技術を思想をベースに煮詰めている。

(これはどこそこの宗教団体を指すものではなく、私の想像上の宗教です。)

 

権謀術数の悪知恵満載でね。その箱には穴が開いている。

その穴から車輪に自動的にその鍋の油が車輪が回りやすく随時ひたひたと流れ車輪を回している。

この権謀術数の悪知恵が車輪である。

 

そして時にこの魔法の油があまりにも美味しいので、この機関車は少ない油ではなくもっと大量の油のほうが美味しいという事を発見し、何らかの大きな手によって、その車輪を油まみれにすればもっと早く走りまた美味しい思いをするにちがいないと思うわけで、今度は外で所謂大きな手により、油まみれの車輪に取り換える。

欲の塊で呪文をこめて車輪の外側だけではなく内側もすっぽり遺漏なくつけたほうが、完璧だろうと考える。そしてこの油ももっと強力なもの、そう地下の倉庫に巨大な鍋を準備して、どこにもないようなタールを煮えたぎらせる。

どろどろと高熱に溶けたタールがまるで永遠の月日を要する味のしみこんだ漬物のごとくの新しい車輪の製造が必要などろどろとしたタールも天才?おっと間違い悪の権化からすると一瞬に出来る。始めのうちは箱の中の黒く汚い油がちょろちょろ車輪に流れていて、灰色であった車輪が、もうしつこくの闇のように真っ暗なドロドロしたタールまみれの車輪をぽんとつけるので、車輪は真っ黒。また、路線もこの真っ黒な車輪が走るわけですから真っ黒。この真っ黒というのが悪想念。

 

大きな手のタール製造者(組織)と小さな手である箱の中の鍋の中の油。

いくら大きな手による車輪があっても、やはり随時流れている箱の中の油があっての邁進。

小さな歯車を随時この薄汚れた油で動かすには最短技術とは言えないと考える大きな手は、もっと美味しい思いをしたく地下室の倉庫で作った大釜のぐつぐつ煮込んだタールのレシピを小さな手に与える。レシピとは思想を駆使した変貌の方法論。

もっと美味しく上手い話にしようと高度な権謀術数の悪知恵により、箱の中の思想群はタール色に染まる。もはや染まりすぎて思想は消え、悪しか残らない。

 

そのレシピである思想を元にこの箱の中の思想は変貌をとげ、その小さな手達はそれを随時そのタールの煙を吸い込む。(洗脳)

結論として、思想であれば油は必要ない。

もとのままの存在であり続ける事が可能なのだけど、車輪のついている思想は油だかタールにまみれているので、もはや原型ではなく違う形になっているという事。本来車輪もいぶし銀のような重みとエネルギーと良質な油によって美しいものもある。

さて、この人の想念満載の機関車の走ってきた路線をみると真っ黒なタールにまみれており、まるで悪の黒い闇が路線にこびりついて、錆びて悪臭放つ。なのにこの強欲な機関車は、未来の理想郷である美を建設するべく、そしてそれが永遠に人を救うのだという思想を元に、私達は多くの人間が救われるべく、この悪臭を許さねばならないと考え、それを耐える事が寛大な愛だと転換する。

今はこうだけど未来は違うと。私達は未来の為耐えねばならないヒーロー。

また多くは、救われたいごとく悩める事がある為、それが永遠であるとする弱みから真剣になったりする。

 

いつの時代の聖者もその弟子たちによって美化されその結果、歴史に残るべく素晴らしい宗教があるのだと。だから箱の中でどんな事があっても、それを指摘するものはない。寧ろ隠蔽をする。

 

その流れで、永遠に金掘りの術は次世代に引き継がれる。

 

何とその思想を巧みに利用してのタール。もはやこの思想は本来の思想ではなく、タールの衣装をつけたいいえ、タールの骨を軸に変貌した思想となる。

どんな衣装をつけてもタールの汗がどぼどぼ出てきて、その衣装も真っ黒で匂う。

時に思想ではなくタールだけの形になる。それでも紙屑、紙面上の思想が残っているから、人の口を塞げばタールは消えるだろうとする錬金術を念頭に置き、それを天才だと思っている。残っているその形とは権謀術数の悪知恵であり、もはや思想ではない。

 

思想と歯車・・・

上の内容はあくまでも、思想論です。決して宗教がそうだというものではないです。

過去、キリスト教やそう老子の儒教では、皆さん貧乏で乞食のような生活をしておりましたから。

ただし現代はこの歯車が本当に美しければいいのだけど、難しいものになっているかもしれない。

ここで、変貌の思想としての思想論を作ってみました。

 

また今回は変貌を悪の見方で思想の姿を表現しましたが、逆にこの宗教思想と言いますのは歯車を持つわけで、

その歯車が美しければ、更なる美しい珠玉の玉となり、それが高尚なるものとして歯車は持たなくとも延々と輝く通常の思想となる事もある。