櫻井さんが隣を見て笑ったあとに、ふとこちらを見て視線が重なった。
"松本くん、"
店内の明るいBGMにかき消されて、声は聞こえない。
けど、唇ははっきりとそう動いた。
ここにいちゃいけない。
視線から逃げるように後ずさりし、肩にぶつかったドアを開けて慌てて出ていく。
打ちつけた肩が痛かったけど、肩をさする余裕はなかった。
路駐が出来ないからこの辺を回ってるね、と言っていた雅紀さんの車が見当たらず、キョロキョロと辺りを探す。
「そうだ、電話…」
携帯をポケットから取り出そうとしたとき、声が聞こえた。
「松本くん…!」
なんで、と思う間もなく携帯をポケットに戻して走り出す。
なんで追いかけてくるの?
なんで嘘をついたの?
どうして…?と頭の中で繰り返す自分の声がどんどん大きくなっていく。
とにかく無我夢中で走り、裏路地へ入った。
「待って!松本、くんっ!」
勢いよく腕を引かれて、足はそこで止まってしまった。
「ごめ…、違うんだあれは、」
「…な、にがですか?」
違うって、なにが?
なにも違くない。
あれは仕事じゃない、それくらい僕にだってわかる。
櫻井さんは嘘をついた。
「ごめんね…、松本くん」
「どうして、謝るんですか…?」
櫻井さんが謝る必要ない。
勝手に思い上がっていた僕が悪いんだ。
櫻井さんがどこにいようが、誰となにしていようが関係ない。
だって、僕はただの家政夫なんだから。