送ろう、いや…でも。
グズグズと悩んでいるのは、僕からこんなメールを送るのが初めてだから。
今まで何度か食事をしたりしてきたけど、いつも櫻井さんが誘ってくれていた。
だからどう誘っていいのか分からない。
そもそも僕なんかがお誘いしてもいいかな。
「しかも明日の夜って、急すぎる…?」
一応、この曜日は突発的な仕事がなければ、ラジオの収録とレギュラー番組の仕事だけで比較的早く帰れるって前に聞いていたけど。
「…断られたらどうしよう」
それに、もしこのメールを送って櫻井さんが嫌な気持ちになったら。
あの話をしてこないってことは、そういうことなんじゃ…。
「やっぱりやめようかな…」
でも。
行きたいな、って思った。
雅紀さんと話してるときに教えてもらったお店が、櫻井さんの好きそうなお店だと思って。
ちゃんと自分で下調べもした。
こんなこと初めてでどうしていいのか分からなかったけど、櫻井さんを誘うならちゃんとしないとダメだと思ったし。
メニューとか外観とかお店の雰囲気とか、もちろん個室があるとか。
誘う理由が、お蕎麦のお礼っていうのはあまりにも時間が経ち過ぎてて、ちょっとわざとらしいかな?
「どうしよう…」
頭の中で、送る、送らないがせめぎあってる。
「……よし」
意を決して、メール画面をもう一度読み返し指を送信ボタンへ滑らせる。
これでいい、こうしたいと思ったんだから。
─── 送信。
これはお蕎麦のお礼で、それで櫻井さんと食事に行きたいって思って。
……それだけ。
あの日のことなんて、別に。
好きだと言われたことも、抱きしめられた腕の感触もまだ残ってるけど。
そしてその腕を温かいと感じたことも。
「……っ、」
思い出してはいけない場面が浮かびそうになって、慌てて携帯をポケットにしまった。
職場の人や大学の友人、そして雅紀さんに抱く"好き"とは明らかに違う"好き"。
意識し始めたら、どんな顔で櫻井さんに会えばいいのかわからなくなってきた。
「お昼、食べよ…」
ポケットの中の携帯が気になりつつ、平常心を装って教室を後にした。