5月の半ば、叔父が亡くなったといとこからLINEをもらい2年ぶりに

亡き母の里へ

母には二人の姉がいるのだが他界した叔父は上の姉の旦那様に当たる方で

個人的にはほとんど話したことはなく、一瞬、どうしようかな…と正直迷った

 

でも、

自分の年齢を考えたら、親戚もみな高齢でこの先、生きてあえる保障はなく

この機会に叔母に会っておくのはとても重要な機会のような気がした

 

実際、コロナ禍で母の下の姉の旦那様が亡くなったときには移動自粛で

行くこともできず、電話でお悔やみを伝えて、弔電とお香典を送る

ことしかできなかった

 

そんなこともあり翌日には飛んで行ったのだが、帰りの飛行機は

希望の日時でとれず(満席)お宿も空港に比較的近い、海の見えるホテルは

やっぱり週末は予約とれずでコロナ禍はあけてもとにもどったんだなぁと

感じて、仕方なく葬儀後に1泊のみの弾丸旅となったが行ってよかったと思う

 

母の二人の姉はともに80代

上の姉は亡き父と同じ歳。歩けるけれど、足は弱っていて介助がないと危ない

でも頭は達者で話していると全然年齢を感じない(本人は、弱ってしもたというが…)

下の姉は歩くのも大丈夫だし、車を運転してどこへでも行くからだも頭も達者なかた

 

叔父は老衰ということで葬儀も湿っぽいものではなく、叔母たちやいとこたちと

あらためて親交をあたためることができたようなあったかい時間となった

(盛大な葬儀に立派に成長した息子達を誇らしく感じるだろうと思った)

 

葬儀のあと、「また来ます、お元気で…」とお別れしたのだけど、

はじめて、生きてあえるのはこれが最後かもしれないなんて思いがちらりと

頭をよぎった。

今まで、そんなこと思ったことなかったけど、他界した叔父と叔母と3人の息子たち 

とその家族、孫、ひ孫をみるにつけ、家が栄えるってこういうことをいうのかな…

実際に家系図を目の当たりにするとともに「世代交代」って言葉が脳裏に浮かんだ

こうやって家が栄えて、順番に人がおくられていくのだな…と

 

昭和といわれるかもしれないけど、ある意味昭和のモデルケースのような家族かも

なんて思ったし、そう思うと自分の生き方について「あれれ???」と感じた

のも事実で…

でも今更どうしようもないことでもあるのも事実だし

現実ってどんなときも厳しいものなのかもしれないな

 

とりあえず、今年中に一度は叔母たちにあいにいこうと誓って

帰りの飛行機にのった(帰りの便は満席だった(´;ω;`)