もっと静かなものじゃなかろうか
久しぶりにものを考えた。
「信用する」ってなんだ?と。
結論。信じる、信用する、ということは、
かいかぶる ということだ。
わぁ、”信じる”信者に刺されそうだー。
私は正直、他人に信じて欲しいとかはあんまり思わない。
「信じてるから」とか言われたら「勝手に信じるなよ」と思う方。
誰かに何かを期待して、それに応えてくれるはずだ、と思われるのが”信じる”ならちょっとご遠慮しちゃうなあ。
「信じてるから!」って声高に言われると「裏切るなよ」って脅されてる気分になる時がある。
「私を信じてよ!」ってテンション上がっちゃう人見ると、「その前に信じられる行動取ったらいいじゃん」って思う。
無条件で自分をかいかぶれと他人に言うとは不可思議だ。
仮にそれでかいかぶって貰ったとして、過度の期待は重荷じゃないか?
いらないなあ。今までの私を見て「信じられない」と思ったならいいじゃんそれで。
なんでそんなに信じて欲しいんだろか。
あのさあ、素敵な言葉みたいに扱われてますが、
”何があっても私はあなたを信じてる☆☆”
って・・・うっそ~ん。
なにかあったら、もう信じません。
当たり前やん。
そういう不確定な愛の言葉。私がもっとも忌み嫌うものです。
ええ。わたくし、かわいくない女ですが、なにか?
私はね、他人が自分を信じてようが信じてなかろうがどっちでもいいと思うんだ。
私の行動を見て、いいか悪いか判断してくれれば。
信じてなくていいけど疑うのはやめてください。という感じ。
ニュートラルでいてください。
信じる・信じない・裏切る・期待に添えない・敵・味方
なんかそういうの、しんどいわあ。
ま、一番嫌いなのはこういう私を見て
「かわいそうぅ・・・。(そんな考え方しかできなくて)」って言うやつなんだけどな。