由依side



土生さんの事務所で倒れた日から手術をして二日が過ぎた
そして今日 救命から私達の元へ帰って来るが以前使っていた病室ではなくICUに運ばれる


容態は安定しているものの、、、
理佐の目は閉じたままだ


手術中〝インオペにした方がいい"と他の医師に言われたが夏鈴ちゃんは聞き入れず今出来る精一杯をしてくれた


体中に管を付けられ機械音が響く中 耳を澄ませば聞こえてくる理佐の呼吸音
理佐の左手を そっと握った


由『いつまで寝てるの?』


私が問いかけても反応がない


担当医と言う名ばかりで術後の家族への対応も説明も夏鈴ちゃんがしてくれた
好きと言う気持ちを自覚してから自分がここまで落ちぶるとは思ってもいなくて情けなくて涙が止まらなかった


由『早く起きて友梨奈ちゃんに会いに行かなきゃ また嫌われるよ?』


私の携帯に音が鳴り仕事の呼び出しで病室を出ないといけない


由『仕事に戻るね』


そう言い残し病室を出た


次の日の朝 寝つけなかった私は出勤するには早すぎる時間帯に病院に行きナースステーションにいる看護師に挨拶をして理佐の病室に入って行った


由『おはよう』


声を掛けても返事は返ってこない
椅子に座り水族館で会った日よりも痩せた理佐の左手を握りながら〝理佐のせいで食欲がない"とか〝理佐が眠っている間に友梨奈ちゃんと仲良くなって驚かせてやる"とか くだらない話をしていたらドアが叩く音が聞こえた


振り返ると夏鈴ちゃんがドアを開け病室に入って来る


夏『おはようございます』


由『おはよう、早いね』


夏『、、もう9時前ですよ』


気がつかなかった、、そんなにも時間が立っていたなんて、、、


夏『二時間も渡邉さんと何 話してたんですか?』


由『えっ』


夏『看護師が言ってました、朝早くに小林先生が来たって、、寝れなかったんですか?』


私の前に屈み顔を覗いてくる夏鈴ちゃんに頷いた


夏『それでも寝ないと この仕事は辛いですよ』


由『そうだね』


夏『さっき部長に呼ばれて話は聞きました、、いいんですか?渡邉さんの担当外れても、、』


昨日 帰る前に部長室へ行き理佐の担当医を夏鈴ちゃんに、、と、お願いをした


夏『本当に いいんですか?』


再度尋ねてくる夏鈴ちゃんに頷いた


由『医者としてじゃなく隣にいたいなぁって、、きっと理佐には拒まれるだろうけど、、それに夏鈴ちゃんになら安心して任せられるしね』


困った顔をして立ち上がり診察を始めた


由『あっ、ごめん、診察の邪魔になるね』


席を立ち病室を出ようとした


夏『大丈夫ですよ、、由依さんを追い出したって後で渡邉さんに文句言われそうだから』


結局 診察が終わるまでの間 椅子に座り手を ずっと握っていた


仕事が終わって病室に行き たわいもない話をして病室を出る、、こんな日々がいつまで続くんだろうと勝手にため息が零れる


車を走らせ ずっと気がかりだった場所に着く
この数日もしかしたら あの子も理佐に会いたがってるかも知れない、、と言うのは私の勝手な口実かも知れない
友梨奈ちゃんの声なら理佐に届くんじゃないかと小さな期待をした


いざ施設の前に立つと体が動かなかった
小さい子供に死と隣り合わせの理佐に会わせてもいいのか?友梨奈ちゃんは受け入れることが出来るのか?何が正解なんだろう
施設のドアが開きゴミを持った園長先生が出て来て会釈をし覚えていてくれたのか駆け寄って来てくれた時 理佐のことを話した


次の日 出勤する時刻よりも朝早くに 施設の前に
立っていた
玄関のドアが開くと園長先生と手を繋いだ友梨奈ちゃんが出て来る
病気をして会い来れないことだけを園長先生は友梨奈ちゃんに話したそうだ
母親に捨てられ父親に虐待された友梨奈ちゃんには唯一 心を開いた家族ような理佐の死については言えなかったらしい


友梨奈ちゃんを車に乗せ病院に向かった
まともに会話なんてしたことないけど理佐のこと、病気のことを聞かれたら どう答えたらいいのか
分からない
そんな不安をよそに友梨奈ちゃんは何も聞かず ずっと窓の外を眺めていた


病院に着くと手を繋いで理佐の病室に向かう
病室に入り理佐に近づこうとしたけど その場から友梨奈ちゃんは動かなかった
元気な理佐しか知らないから無理もない
今は体中に管が通され静かな部屋には機械音が響く、、小さな子供には やはり衝撃が強すぎたのかも知れない


由『怖い?』


友梨奈ちゃんの前に屈み尋ねた


平『理佐、、死んじゃうの?』


視線は理佐の方を向いたまま小さな声で呟いた


由『友梨奈ちゃんが会いに来てくれたから すぐに目を覚ますよ、、きっと、』


この言葉が正しかったのかは分からない


私の手を引いて理佐の元へ近づき 何かを聞かれることも話すこともなくしばらく理佐の寝顔を二人で眺めていた
しばらく眺めていた時 自分の携帯を取り出し理佐にも見える様に椅子を移動させ友梨奈ちゃんを膝に乗せて水族館に行った時の写真や友梨奈ちゃんを肩車している動画を流した


帰りの車の中も友梨奈ちゃんは大人しく座って窓の外を眺めていた
施設の前に着くと園長先生が門の前で待っていてくれて繋いでいた友梨奈ちゃんの手を離そうとした時 グッと手を引かれ施設の中に入って行く


園長先生も私も突然の行動に慌て名前を呼んでも返事をしない友梨奈ちゃんの行き着いた場所は友梨奈ちゃんの部屋だった
すると引き出しから小さな箱を取り出し私の前に差し出してきた


由『これ、なに?』


無言のまま私の目を真っ直ぐ見つめる友梨奈ちゃんから箱を受け取り蓋を開けた


平『理佐の大好きな人って由依でしょ?』


由『えっ!?、、どうして そう思ったの?』


平『ずっと由依の話しかしなかった』


由『違う人かも知れないよ?』


平『大好きだから渡せないって、、、友梨奈が大きくなった時 大好きな人にあげなって』


私じゃないかも知れない
他の人かも知れないと思い込もうとしたのに、、


由『、、バカ、』


箱の中にはリングが入っていて指輪の内側には私の名前と理佐の名前が刻まれていた
名前が入っていることを忘れていたのかは知らないけど そんな物を友梨奈ちゃんに渡すなんて、、、
、、、やっぱりバカだ


その場に崩れ落ち可笑しくて寂しくて涙が止まらない私の頭を友梨奈ちゃんは優しく撫でてくれる


友梨奈ちゃんから指輪を受け取り車に乗って病院に向かった
泣いたせいで顔を洗っても目の赤みは まだ消えていないが適当に誤魔化しながら作業をしていたけど夏鈴ちゃんには誤魔化しきれていないだろう


午前の仕事が終わり遅めの昼食になったが そのまま理佐の病室に向かった
友梨奈ちゃんと来た時と何も変わらない部屋で いつものように話しかけ時間が来れば仕事に向かう、、、何度このルーティーンを繰り返しているんだろう


いつの間にか夜になり面会時間が終わる


由『今日は当直だから また来るね』


そっと扉を閉め廊下に出て周りを見ると部屋と違って患者さん達が話していたり医師や看護師達の話し声が聞こえ別世界に自分が来た様に思える
そんな光景を眺めながら廊下を歩きエレベーターに乗った
下に降りていく中ポケットに入れていた電話が鳴り耳にあてる


無我夢中だった
階段を駆け上がり廊下を走って扉の前で息を整え気持ちを落ち着かせ扉を開けた


そして目の前の光景が涙で溢れ何度擦っても擦っても涙で滲んだ


理『、、ゆ、ぃ』


少し掠れた声で私の名前を呼ぶ声は ずっと聞きたかった理佐の声だった


夏『様子を見に来たら目を覚ましてたんです』


ちゃんと理佐の顔を見たいのに涙が止まらなくて起きたら色んなことを話したいと思っていたのに嗚咽混じりに泣くばかりの私を夏鈴ちゃんが手を引き理佐の傍へ連れて行ってくれる


理『泣きすぎだから』


由『誰のせいよ』


久しぶりに話した会話がくだらない言葉で倒れる前も こんなくだらないことを言い合ってたことを思い出す
ひとしきり泣くと気持ちも落ち着いてくる
そんな私を見て二人が笑っているのを見ると急に恥ずかしくなった


理『落ち着いた?』


由『、、うん、』


涙を拭い理佐の笑った顔を やっと見ることができ自然と今までの不安と理佐を失う怖さが消えていく


理『まさか由依が私の為に そんなに泣くとは思わなかったなぁ、、私って愛されてるなぁ』


きっと理佐は いつもの冗談のつもりで私をわざと困らせ笑わせようと思って言った言葉だと分かっている


由『うん、、愛してるよ』


私の言った言葉に固まる二人


理『えっ、、いや、、冗談で、言った、、つもりなんだけど、、あっ、そっか!友達としてか!そっかそっか』


理佐と出会ってから いつも理佐に振り回されてばかりで私の言葉で動揺しているのが可笑しかった
私が笑ったせいか それを冗談だと受け止めた理佐も笑い返してくる


理『アハハッ、、堅物の由依が冗談を言い返すとは思ってなかった、、あぁ~びっくりした』


呑気にケラケラと笑い余裕を見せる理佐に止めを指してやった


由『今言ったこと、私、本気だから、、』


理『えっ』


由『あぁ~、お腹空いたぁ!ご飯食べてこよっと!じゃ、また あとで』


不安が消えると あれだけ食欲がなかったのに急にお腹が空いてきた
まだ固まっている二人を残し病室を出た


理佐は私の言葉をきっと本気だとは思っていない
それでも構わない
私が本気だと言うことを これから伝え今度は私が理佐を振り回してやると決めていた





仕事の合間を縫って理佐に会いに行くも私の言った言葉が気になるのか珍しく理佐に落ち着きがない
そんな生活が二日ほど過ぎた


夕方に差し掛かる頃ノックして扉を開けると先客が来ていた


由『あっ!土生さん』


土『久しぶり』


理佐が持っているアルバムに目が留まり覗き込む


由『あっ、この写真!水族館行った時の』


土『連絡もらった時 早く持って行きたかったんだけど仕事が立て込んで遅くなっちゃった』


ベッドの端に座って理佐の隣に並びアルバムを奪い取って最初のページから見始める
私と友梨奈ちゃんの写真ばかりで写真に不慣れな私の顔はぎこちない笑顔ばかりで思わず笑ってしまう
あの時を思い出しながらあーだこーだと二人の掛け合いが始まる


由『あっ!この写真』


水族館のスタッフの人に撮ってもらった三人の写真だった


土『中々 上手く撮れてるよね!その写真』


由『ほんと、、綺麗に撮れてる』


土『私、そろそろ帰るわ!この後 打ち合わせあるからさ』


理『忙しいのにありがとうございました』


土生さんは理佐の頭を乱暴に撫で扉を開けた


土『、、、あっ!』


土生さんの声に振り向くと土生さんもこちらに振り向いた


土『理佐、、可愛いお客さんが来てるよ』


それだけ伝えると土生さんは病室を出て行った


理『、、友梨奈、』


園長先生と一緒に入ってくる友梨奈ちゃんは理佐が水族館で買ったカワウソのぬいぐるみを抱き締めていた


由『私が呼んだの』


二人を病室に招き入れ最初はぎこちなかった雰囲気も理佐の持ち前の明るさで和らいでいく


楽しい時間はあっという間に終わる


二人を病院の玄関まで見送り病室に戻った


病室に戻ると理佐は疲れたのか目を閉じていた
声をかけずに椅子に座った


理『、、仕事は?』


由『今日は もう終わったよ』


理『帰って休んだら?』


由『帰ってもすることないし』


理『疲れたから一人になりたい、、帰って』


由『そっか、、今日は土生さんに友梨奈ちゃんも来たから疲れたよね、、また明日 来るね』


理『明日からも来なくていい』


由『、、どうして?』


扉の前に佇み初めて聞く冷たい声が怖くて振り返ることが出来なかった


理『もう、担当医でもないのに来る必要ないでしょ』


由『担当医外れたから怒ってるの?』


胸が苦しくなった
担当医を外れたことに理佐は怒ってるわけじゃない
私を思って突き放すことを理佐は選んだんだ
私も同じ立場なら理佐と同じことをしたと思う


由『この前の返事、ちゃんと考えてくれてたんだ、、でも、私 本気だって言ったでしょ』


理『一時の気の迷いだよ、、本気だったら どうかしてる』


気の迷い?そんな軽い気持ちじゃない
理佐が眠っている時ずっと考えてた
悩んで悩んで、、自分が出した答え
理佐が私を避けるのは分かっていたこと
けど、言わずに後悔だけはしたくなかった


振り返れば重たい空気が流れていて初めて見る理佐の冷たい顔に色んな感情で心の中はぐちゃぐちゃだった


由『、、気の迷い?、、なにそれ、、散々 人のこと振り回して好きにさせておいて、、私の気持ち伝えたら気の迷い?こんなに辛くて重い言葉、、軽い気持ちで言えると思う』


感情的になり涙が溢れそうになる


理『いつか、死んじゃうんだよ、、私、』


由『だからなに?私は もう決めたの!理佐に幸せにして貰おうなんて思ってない、、私が理佐を幸せにするの!絶対、私が、わた、し、が』


感情的になったせいで体が熱く瞬きをすれば涙が溢れ出すのを堪え病室を飛び出した


廊下を歩きながら何度も自分に言い聞かせた


由『泣くな!泣くな!』


理佐が目覚めた あの日、、
もう泣かないと決めたのだから、、、