私が初めて子どもに勉強などの支援をしたのは19歳の頃、大学生の時の家庭教師です。

もう、随分前にお話ししたのですが、簡単にお話しします。

不思議な縁で私が卒業した中学校の先生からの声かけで、ある中3の男子を家庭教師という形で関わることになりました。

家庭教師と言っても最初の頃は勉強どころではありませんでした。


その男子中学生はいわゆる非行少年で、深夜徘徊、喫煙、激しい異装、パーマ、バイクでの暴走行為、対教師暴力などを繰り返し、

学校も対応に困っていたからです。


私も歳が近く、ちょっとしたお兄ちゃんくらいで関わればいいのかなあ。と思っていましたが、

いざ、家庭に行ってみると、同じような子が5人ほどいてタバコをふかしていたりして、話をするのがやっとという状況でした。

同じようなことを繰り返しているうちに、話もできるようになり、素直な優しい気持ちも持っているんだなあ。と思うことがありました。


中学校からは、「おまえが来たら迷惑だから、出席にしておくので来るな」と言われていました。

携帯やスマホもなかった時代、男子中学生のほとばしるエネルギーは反抗心となって周囲の大人に向けられていました。


もう忘れてしまいましたが、なにかの話をしている最中に「おれも行けるなら高校に行きたい」ということを口にしました。

「やってみればいいんじゃない」そういうと、「今更、勉強するなんて格好悪いし、自分のスタイルを崩したくない」と言いました。

「確かにそうだよな」でも、「笑われたって笑ったやつがバカなやつだけで、ちゃんとした人は、多分すげーな」というはず」と話しました


それから、まじめに生まれ変わった!と言えばドラマのような話ですが、相変わらず、夜は出歩き、タバコも、服装も、何も変わりませんでした。長い長い夏休みが終わったあたりで、「今からやったら間に合うかもしれん。根性あるんやったら高校入って大人にあっと言わせようや!」と私は言ったのをよく覚えています。

この頃のヤンチャな子は、この、「根性見せろ!」に異様に反応します。

闘争心ややる気に火がつくようです。

この子のツボはここでした。


「わかった、根性出すばい」と言って部屋を片付け始めました。

なんんと教科書も一冊もなく、来たら「全部捨てた」と言われました。

学校に行って、問題集や数学の教科書だけもらってその子のうちにいきました。


約束の時間に本人はおらず、聞くとさっき丸々先輩と出かけた。とのこと。

行き先はいつもたむろしているボーリング場です。

私はそこに行って、その子を見つけ、大声で「根性なしが!」と言いました。


周囲の子も異様な雰囲気で睨みつけてきましたが、その子は「俺は今日帰るけん」と周りに言って一緒に帰ってきました。

それからは1時間持つかどうかの勉強を毎日しました。

その子が希望した高校は2月に受験だったので、

学校の先生と、それまでに髪を切って、制服を着る。タバコは吸わない。と約束し、

受験をしました。


受験日には髪も服装もちゃんとして受験をしました。県内でも名だたる荒れた私立高校でしたが、見事合格。

嬉しそうにした顔は忘れません。


この話がどこでどう広まったのかわかりませんが男女問わず、「うちの子もお願いします」と言われました。

真面目に頑張れている子はお断りし、ほぼ毎日、「丸ごと面倒を見る作戦」で厳しい状況の子を引き受けました。

大学に4年間で14人の非行少年を高校に入る手伝いをしました。


わかったことは、「みんな素直で優しい気持ちを持っている。それを隠しているだけ。」ということです。

隠す仮面さえ取れれば、優しい子どもたちばかりでした。

ここが私の原点です。