いろんな考え方がありますね。

少し難解な文章に思いましたが、勉強になりました。



http://www.yomiuri.co.jp/adv/wol/opinion/society_080908.htm#p01



福島県立大野病院事件判決にみる
医療事故と医師の刑事責任の限界

甲斐 克則(刑法・医事法)/早稲田大学大学院法務研究科教授 



 産婦人科医師が帝王切開の際に胎盤剥離手術をして妊婦を死亡させたとして逮捕され、医療界を震撼させた福島県立大野病院事件の第1審判決で、福島地裁は、2008年8月20日、無罪の結論を下した。この結論自体は予測されたものであり、妥当な判断だと思われる。そして、8月29日、福島地検は、本件の控訴を断念した。これも、妥当な判断である。控訴しても、第1審の結論を覆すだけの論拠を確保できないと判断したものと思われる。もし控訴していれば、医療現場の混乱と萎縮医療はなお続いたであろう。

刑事医療過誤判例 5つの傾向

 1999年の横浜市大病院患者取違え事件以降、本件に至るまでの10年間の刑事医療過誤判例を分析すると、次のような傾向が指摘できる。第1に、過失責任の追及が「個人モデル」から「組織モデル」へと移行しつつあり、そのためか、横浜市大患者取違え事件最高裁決定(最決平成19・3・26 刑集61巻2号131頁)に代表されるように、「過失の競合」論が広く採用されることにより、因果連鎖に組み込まれた医療職者が処罰される範囲が拡大する傾向にある。第2に、薬害エイズ事件の一連の判例を通じて、不真正不作為犯における作為義務論(回収義務等)および過失犯における注意義務論に新たな理論的展開がみられる。とりわけ実質的権限を有する責任者(最先端情報を有する医師、企業幹部、官僚)の注意義務が重視されつつある。第3に、量刑が重くなりつつある。これは、医療職者の行政処分の重さに影響している。第4に、医療事故の被害者救済ならびに医療の質および安全性の向上が叫ばれ、それと呼応して捜査当局の積極姿勢がみられる。今回の大野病院事件は、ここに位置づけることができる。第5に、医療事故発生後の対応として、大野病院事件でも起訴の対象になった医師法21条の「異状死体の届出義務」のあり方がリスクマネジメントのあり方とも連動して議論されている。

"重大な過失"であるか否か

 医療事故が刑事事件となった場合に、それが医療現場に与えるインパクトの強さ(マスコミ報道の大きさを含む)は、警察による捜査(最近では医師を逮捕した例が典型)、送検、起訴、公判、そして判決に至るまで、それぞれの段階で、民事事件の比ではない。


 日本の刑法211条1項の第Ⅰ文「業務上過失致死傷罪」の規定には、「業務上」という文言があるため、ひとたび「業務上過失」の範疇に組み込まれると、高度の注意義務が必然的に課せられる傾向がある。しかし、この種の規定を置く国は近年ではきわめて少ないことが示すように、むしろ同第2文に「重大な過失」規定があることからしても、実質的には当該行為が「重大な過失」(重過失)であるか否かを中心に判断すべきものと思われる。そして、重過失と軽過失の区別基準は、初歩的な過失であるか否か、および具体的危険性を認識した無謀な過失であるか否か、がポイントになる。これが肯定されれば、当該過失行為について可罰的責任が肯定される。換言すれば、注意義務は客観的に一律に決まるものではなく、具体的な危険性(結果発生の予兆)の認識の有無が重要なポイントになり、それを前提に、当時の医療水準を参考にしつつ主観面をも考慮して結果の具体的予見可能性の有無(およびそれに基づく注意義務違反の有無の確定)を判断することになる。これによって責任非難の実体を解明すれば、刑事過失と民事過失との分水嶺は自ずと明確になっていくであろう。その際、「認識ある過失」と「認識なき過失」の区別を行い、後者は民事責任に解消すべきことを提唱したい。なお、チーム医療の場合には、「信頼の原則」の考慮の余地もある。要するに、「責任原理に基づく適正な過失犯処罰」が重要な鍵を握るのである。医療問題においても、刑法は、やはり「最後の手段」であるべきだと考える。今後は、医療関係者も交えた症例検討による注意義務の再検討を入念に行い、適正な注意義務ないし医療水準を確立する必要があると思われる。

「法は不可能を強いるものではない」

 本件では、症例のきわめて少ない胎盤癒着に伴う胎盤剥離をめぐる医療水準・注意義務を著しく逸脱したとは言えず、刑事責任を課すのは過酷である。当該医師が置かれた具体的状況を考えると、「法は不可能を強いるものではない」という格言が重みを持ってくる。

 最後に、制度論として、医療事故の被害者救済型の補償制度および原因の早期究明型の医事審判制度の構築も視野に入れた研究も併せて推進する必要がある。もちろん、どの解決ルートに乗せるかという選別の課題は残るであろうが、ニュージーランドのHDC(保健医療および障害コミッショナー)およびACC(事故補償法人)のシステム等も参考になり、比較法的研究を踏まえたさらなる検討も必要である(甲斐克則「刑事医療過誤と注意義務論」年報医事法学23号(2008)93頁以下、同「ニュージーランドにおける医療事故と被害者の救済」比較法学(早稲田大学)42巻1号(2008)79頁以下参照)。