「海のながめ」


   詩 : 石垣 りん




 海は青くない

 青く見えるだけ。




 私は真紅の海

 海に見えないだけ。




 生まれたときから皮膚は

 からだ全体をおしつつみ

 いつも細かく波立つていた。

 そして自分の姿

 私をとりかこむすべて

 岸辺という岸辺に

 打ち寄せ打ち寄せてきた。




 けれどどんなことをしても

 私の波立つ血が私を離れて

 あの陸地、

 と呼ぶ所にあがることは出来なかつた。




 太陽にあたためられる表皮

 つかの間の体温

 内部にひろがる暗い部分は

 冷えた祖先の血の深み。




 もういわない、

 私が何であるか

 食卓でかみ砕いたのは岩

 町で語りかけたのは砂

 森で抱きしめたのは風

 それだけ。




 両手を顔にあてれば

 いつかはげしく波立ちはじめる、

 落日の中

 暮れてゆく

 みえなくなる

 女。