今日は久しぶりに大好きな歴史ごとです
昨日のブログにアップしたエナガを撮ったのは
琵琶湖のほとりにある坂本城跡です
ここは1571年明智光秀が信長の命により築城しました
あの本能寺の変の明智光秀です
一応銅像もありますがイメージが違うのでシルエットだけ
宣教師ルイスフロイスによると坂本城は
豪華壮麗で安土城につぐ名城だったそうです
ここは小さな公園になっていて
ところどころに石垣が残っています
ここは柱のあとでしょうか
こうゆう石垣を見るだけでわくわくします
琵琶湖が大渇水になった時
湖底から遺構が現れたそうですが
大津市はあまり坂本城跡に力をいれてないようです
この時光秀43才
本能寺の変まで11年
何を思いこの琵琶湖を眺めていたのでしょうか
ただ教養もあり勤勉まじめな光秀が謀反というのはやはり謎です
本能寺の変後、山崎の合戦で敗れた明智一族の明智秀満が
妻子を刺し殺し城に火を放ち自刃しました。
光秀は坂本城に向かう途中で武者狩りにあい死亡。54才でした。
1586年廃城。
娘の細川ガラシャも悲しい運命を辿ります。
戦国時代は何があってもおかしくない時代で
今の私達の感覚とはかけはなれています。
だから面白い
今は平和な琵琶湖です
ここからは余談ですか
政治評論家の故細川隆一郎さんは細川忠興とガラシャの子孫ですので
明智光秀の血も入ってるらしいです
明智光秀の家臣の斎藤利三の娘は春日局です
坂本城跡の近くには穴太積みで有名な石工集団の穴太衆の本拠地があり
ここから全国に流れていったそうです
歴史好きの私にはまだまだ書きたいことがありますが
このくらいにしときます
長い文章におつきあい下さりありがとうございました