空の彼方。
彼方の向こう。
今、自分は何処にいるんだろう……。
ふわふわふわふわ。浮かんでは消える紫煙に手を伸ばす。もちろん煙を掴むことは誰も出来ない。
神様は例外は作らない。
「あ?何やってんだ、お前?」
ピッやら、ガガッという雑音と機械音を混ぜた耳障りな音をいつものように出しながら、いつものような子供の声で無機質な目で俺を見上げながら、奴は俺に首を傾げて言う。
発する音と違ってその動作はまだまだ滑らかで、その辺りにいる犬のようなしぐさで鼻を鳴らしては俺に甘えてくる。
手に触れる冷たさと鈍い鉄の色せず、言葉も喋らなければ犬そのものだろう。もし、もの話だが。
「……お前じゃないだろ?ご主人様と呼べよな、バカメカ」
「お前はお前で十分だろ」
生意気なことを言いながらも頭をなでられることが気持ちよいのか、鼻を鳴らしては目を細める。
……こいつにそんな感覚があるのかは定かじゃないが。
「可愛くないな。拾ってやった所謂命の恩人だぞ?」
「何が命の恩人だ。メシだって安い油じゃないか」
だって、俺金ないもん。その安い油だって、アンドロイド犬専用のじゃないといけないので、勿論俺の安い給料では痛い失費になっている。
この俺だって、安い簡易食事しかありついていない。
「俺だって、美味いものが食べたいぜ」
文句を垂れるこのお犬様に俺はいつだってため息を欠かせない。
「……じゃぁ、何で俺を拾ったんだ、お前」
もう取れてしまった睫のない瞼がゆっくり落とされ上がる。
「それは……」
それは、棄てられていたこいつを見て俺は自分を見た気がしたんだ。
いくらアンドロイド犬が高いといっても奴は旧式の旧式で。ゴミダムの中に埋もれ、ピクリとも動かないこいつに俺は目を反らせなかった。
誰かに必要とされ、擬人化(犬だから擬人犬か)の命を与えられたこいつはそれこそ、こいつの言うご主人さまに命の限り付くしてきたんだろう。それがこいつに内臓されているチップに埋め込まれたプログラムといえども。
人間のために生まれ、人間に棄てられて。俺はそんなこいつに俺を見た。誰にも必要とされないこいつに俺を見た。
「…イ、オイったら!!」
「あ、ぁ?」
「……も、いいよぉ」
メカの癖に生意気にため息をもらす。
「お前なぁ、俺はが拾わなかったらお前は今頃スプラッタだぞ?」
「だろうね。でも、何処にいても変わらないよ。いらなくなったものは棄てられる」
「あ?俺が棄てると「僕、もうすぐ止まるんだ。そうなったらそこらにある廃棄になった機械と同じなんだ。」
動かなくなっても僕をおくの?
どう……なんだろうか。動かなくなっても俺はこいつを置いておくんだろうか?
「僕。海がいいな、海が」
何も言わない俺にこいつは独り言のように言う。
もう、こいつには自分の止まる時期が近づいていることに気づいているのだろうかと思うような言い方に俺はただ「あぁ、海もいいな」と呟くしか出来なかった。
その翌日。
昨日とは違って激しい雨。
ベランダで日向ぼっこをするのが好きなこいつはベランダに落ちる雨を黙って見ていた。
「おい、メシの用意が出来たぞ」
俺は自分の分の皿を机に置くともう一度呼びかけ止めた。
パタパタと義務のようにいつも振られている尻尾が動いていないのが気付いたから。
そいつは今日、ピ……と小さな音を立てて完全に停止した。
俺はただ。
雨がやんでもその後ろ姿を見続けていた。
雨の後の空からは眩しいような太陽の日差しが降り注いでいた。
コポリ……
コポ…コポコポ……
ゆ め …を見ていた。
む かしの。
なつ か しい ゆ めを……。
体の中に残っていた空気が水の中へと溶けては静かに水を揺らす。
あの後、俺はあいつが言ったように海の中へとあいつを弔った。
棄てたのではなく、弔ったのだ。
コポコポと。
空気の粒が体から抜け出て行く。
体に貼っていた人工皮膚が至る所で剥がれ落ち、鉄色の自分の腕が目の片隅に見える。
まだ。
動くだろうか?
俺の努力はギシっりとも何もなく、ただ、其処にあるだけだった。
棄てられた俺。
人間のように生きた俺。
俺は何になりたかったのか。あいつのようにプログラムされていれば、スプラッタも棄てられることも何も怖くなかったのだろうか。
それとも、怖いなんてプログラム俺はされていたのだろうか。
俺がフリーズしてしまっている間に。
俺が掴みたかった世界は。
海の上へ。
世界は、人間が住む陸上は。
俺は人間になろうとしていた。
それでも。
そこには手も伸ばせずに。
空のような海の上の遥か彼方へとなっていた。
コポリと。
最後に俺の体から出た泡は。
太陽の淡い陽光に溶け込み消えていった。