これから書くことはオチのないつまらない話だ。

私の勝手な記憶の駄文で、治療にはまったく関係のない話なので、わざわざ読んでいただく必要はありません。

 

 

 

 

 

4月1日と2日、私はあるセミナーに参加していた。

そのセミナーはPC持参だった。

私の周囲は主婦と思しき女性が多く、PCの操作に慣れていない人が多かったので、私は周囲の人たちのPC設定を手伝った。

帰りにそのうちの何人かと駅で立ち話して別れた。

 

 

翌週、私は乳がんの告知を受けた。

 

 

それから2ヶ月程した6月のある日、セミナーの事務局からメールがあった。

ある女性が4月のセミナーの時に私から借りたノートを返したいと言ってきている、彼女は私の連絡先を聞くのを忘れたので事務局から連絡先を教えてもらっていいか許可を取って欲しいと頼まれたというのだ。

このメールを受けた時点でかなり色々緩い事務局だなと思ったし、何よりもどう思い返してもノートを貸した人など思い当たらない。

ただ、たぶんこの人だな、という当たりは付いた。

帰りに立ち話した女性のうちの一人。

年齢は40代半ばくらいの明るくハキハキしていて、何となく印象としては私と似た元気な感じの人だった。

たぶん大丈夫だろうと判断して、「じゃあ私の方からその人に直接メール入れますので彼女のアドレス教えてください」と事務局に連絡した。

自分のメアドを間接的に人に教えることには抵抗を感じた。

 

彼女からの返信はすぐに来た。

やはりノートの件は口実で、単に私に連絡が取りたかっただけだった。

そして、「LINEの方が連絡取りやすいですよねビックリマーク」と言って、同時に自分のLINEのQRコードまで送信してきた。

 

そうして私達のLINEのやり取りの日々が始まった。

私はその頃、抗がん剤治療の直前で先のことも他のことも考えられなかったし、4月に参加したセミナーの内容にも興味を失っていた。

彼女が私に連絡を取りたがった本当の目的は、セミナーに関する勉強会を内々で開きたいので私にも参加して欲しいということだった。

しかし私はとてもそんな状態ではないので、少し考えた結果、自分の今の状況を正直に彼女に伝えようと決めた。

引かれたら、それはそれで別にいい。

 

「実は私は乳がんの告知を受けて、これから術後抗がん剤治療を始めます。再発転移予防のための治療なので原発はもう取れているし、お気を遣わないでくださいね」

 

がんという病名を知らない人はいなくても、がんになったらどんな治療をどんな目的でやるのかってことは知らない人の方が多い。

がんと聞いただけで、たじろいで狼狽える人の反応が普通であると思っていたが、彼女は違った。

 

「実は私の家系は消化器系のがん家系で周囲で何人ものがん患者を見ています。なので、今のサクラ先生のお気持ちや状況はよくわかります。抗がん剤治療が終わって落ち着いた来年の春になったらお会いしましょうビックリマーク

 

事情を知っても「じゃあ、具合がよくなったら」でフェードアウトじゃなくて、「会えるまでLINEでやり取りしましょう」と言ってくれるなんて優しい人だと思うと同時に、どうして1度会ったっきりの私にそこまでという思いも生まれたが、まあ、彼女のご厚意だと素直に解釈した。

 

それから、LINEでのやり取りが始まった。

私は親しい人とのメール代わりにLINEを使っているけれど、朝の「おはよう」から始まって用事の合間に取り留めもないことをダラダラ話して可愛いスタンプ打って、夜の「おやすみ」まで言い合うようなやり取りは初めてだった。

私には時間がたっぷりとある抗がん剤治療中だからできたことである。

 

彼女は茶道の先生という仕事を持っていてとても忙しそうにしていたが、こういうやり取りには慣れているのか、頻繁なLINEに無理を感じることもなく楽しそうにすぐに返信を送ってくる。

 

ただ、何となく最初の頃からちょっと変だな…というモヤモヤっとした感じはあった。

 

私ががんと知って、まず彼女が私に送ってきたのは、がんによく効くという湯治場の紹介だった。

温泉のHPをいくつも送ってくる。

彼女の趣味のひとつが湯治で、がんに効くという湯治場をいくつも知っているらしいのだ。

そして

「サクラ先生も来春、治療が終わった頃に一緒に湯治に行きましょうビックリマーク

と必ず書いてくる。

よろしかったらいずれご一緒に…ではない。一緒に行きましょうビックリマークなのである。

 

私は大きな傷の付いた体を他人に見せるなんて嫌だし、誰かと裸の付き合いをしたいとも思わない。

私は湯治の件は思いっきりスルーした。

その後もしつこく色々と詳しい泉質の説明と共に湯治場の紹介は続いたが、

「良さげな温泉ですね。ずっと先だと思いますが、傷が落ち着いた頃に考えます」

と何回かに一度適当に答えていたら、諦めたのか、そのうち湯治場の案内はしてこなくなった。