【会社の肩書】


志賀内泰弘(しがないやすひろ)氏の心に響く言葉より…


ある大企業の社長さんに電話をしたときのことだ。

事前に役員室の直通番号を教えていただいていた。

秘書の方が出られた。


「志賀内(しがない)と申します」と言うと、「どちらの」と訊(たず)ねられた。

こちらはサラリーマンをしているので、普通なら勤め先の会社名を名乗るところだ。

しかし、社用ではなく、あくまで私用の電話だったので、「ただの一個人です」と答えたのだが、秘書の方は訝(いぶか)しがってなかなか取り次いでくれなかった。

仕事柄、当然の対応だろうが、帰属先や肩書きの重要性を改めて考えさせられてしまった。


そこで、ある映画のことを思い出した。

何年か前に公開された「僕らはみんな生きている」だ。

主人公(真田広之さん)はゼネコンの設計士。


橋梁プロジェクトで東南アジアの某国へ行かされるのだが、そこで反政府ゲリラ軍のクーデターに遭遇してしまい、日本人の仲間とジャングルへ逃げ込むはめに。

ところが、仲間の一人がゲリラに捕まってしまい、主人公を先頭に反政府アジトへ助けに行く。

ここで政府軍の情報を傍受できる無線機を作って、交換に仲間を返してもらおうとするのだが、ゲリラの首領はそんな機械は信用できない、という。


そこで主人公がプライドを傷つけられてこう叫ぶのだ。


「エコノミックアニマルの作ったものを馬鹿にするな。

俺の親父はヒタチに勤めていた。

退職したその年、年賀状が七通しか来なかった。

前の年は六〇〇通来たのに。

親父は何かの間違いじゃないかと、いつまでも雪のちらつく家の前で、郵便配達を待っていた。

お前たちにはわからないだろう。

日本人はすべてを犠牲にして仕事をして来たんだ。

そんな日本人が作った機械を信用できないだと!」



ドキッとした。

ほとんどの日本人がそうなのではないか。

会社の肩書きがすべて。

私はそれ以降、いっそう会社の外でのお付き合いを大切に、と心がけるようになった。


実は、講演を頼まれた際に、この話をしたときのこと。

会場から質問あり。

「志賀内さんは会社の中とそれ以外でそれぞれ何通年賀状を出してますか」と。

「全部で五〇〇通、社内は五通です」と答えた。

それを聞いた誰かが、「それじゃあ出世できんわな~」(会場爆笑)。

たしかに。


《大切なのは裸の自分・・・肩書きなんていらない》


『元気がでてくる「いい話」』グラフ社
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河合薫氏が「肩書」についてこう述べている。


『定年後、孤軍奮闘した「古戦場」を訪れたり、その界隈をさまよう人は実に多い。

行きつけの飲み屋でママさんが振る舞う手料理や、それをさかなに飲んだくれた常連たちへの懐かしさに加え、かつての人間関係の中に居場所を確認しようと心が無意識に動く。

人間にはアイデンティティー(自己の存在証明、自分とは何者であるかの自己定義、あるいは自分自身は社会の中でこうして生きているんだという実感、存在意義)を探索する欲求があるため、楽しかった過去の人間関係に安寧を求めるのだ。

ところが現実は残酷である。

「昔の肩書にしがみつく元上司」「会社にしがみついているくせに文句ばかり言う元エリート」「元部下に仕事の指示をしてうるさがられる役職定年社員」などを見るにつけ、「あんなふうになったらおしまいだ」と自分を戒める。

ところが自分も………肩書に惑わされていた。

過去の人間関係に居場所を求めた自分が、滑稽でたまらないのだ。』(河合薫/東洋経済オンライン)より



人間関係は、定年になってから、「さあ、今からつくりましょう」ということにはならない。

40代や50代から培った人間関係が60代、70代にジワジワ効いてくるのだ。

40代、50代、もっというなら30代から、どれだけ現在の会社以外の居場所を確保できているか、ということ。

会社以外で、どれだけコミュニティに参加していたか。

自宅や会社以外の、ほっとできる場所(コミュニティ)、それをサードプレイスという。


そこでは、肩書は関係ない。

生の裸の人間としての付き合いがある。

肩書がなくても、ほっとできる場(サードプレイス)を持てる人でありたい。