稲盛和夫氏がパイロット候補生と交わした約束


大きな話題を呼んだ
テレビドラマ『半沢直樹』。

その中で描かれた帝国航空のモデルと
されているのが“JALの再生”です。

2018年に弊社から刊行された
『JALの奇跡』には
その再生の軌跡が、当事者の立場から
熱く、リアルに描かれています。

絶対不可能といわれたJAL奇跡の再建は、
いかにして成し遂げられたのか?

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パイロットの卵たちを感激させた
稲盛さんの本気
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JALは毎年多くのパイロット志望の社員を
入社させていた。

しかし路線の大幅な縮小に伴って
パイロットの数も減らさざるを得なくなり、
パイロットの希望退職を募ると同時に、
パイロットを目指して入社した方々に対する訓練を中止し、
地上勤務についてもらうことになった。

そのためパイロット候補生たちは文句たらたらだった。


無理もない。
彼らは子供の頃からパイロットを目指して勉強を重ね、
難関の試験を突破してJALに入社したのである。

いよいよこれからパイロットとしての訓練が
始まると期待を胸に膨らませていたら、
訓練は中止、再開の見込みもないと言われ、
パイロットの業務とは直接関係のない仕事を
命じられたのである。

先輩はちゃんとパイロットになっているのに、
自分たちの代から止まってしまったというのだから
戸惑いも怒りもあっただろう。

彼らが文句ばかり言って困っているという報告が
現場から何度も上がってきており、
稲盛さんも「どういう対応をしているんだ」
と心配をしていた。

「どうしようもないので、
 とにかく我慢してほしいと話していますが、
 なかなか理解をしてくれないので困っています」

と幹部が言うと、

「幹部が逃げ回っていたら解決できるはずはない。
 一度みんなを集めてほしい。自分が直接話をする」

とおっしゃった。
そして簡単な立食のコンパをすることになった。

コンパに参加したパイロットの卵たちは
四、五十人もいたと思うが、
早速何人かが稲盛さんに近寄り、

「我々はパイロットを目指してJALに入社したのに、
 いつになったら訓練に入れるのですか。
 それも知らされないまま他の仕事をさせるというのは、
 おかしいのではないですか」

と訴え始めた。

すると稲盛さんは、

「馬鹿か、お前は。JALの経営状況が
 どうなっているかわかっているだろう。
 パイロット一人育てるためには
 多額のコストがかかるのだから、
 すぐに再開できるはずがない。

 お前のためにJALがあるのではないんだ。
 まずはJALの再建のために
 一緒に頑張ろうじゃないか。
 再建が順調に進めばパイロットの訓練は必ず再開する。
 それまでは今の職場で頑張ってほしい」と話した。

しかし、彼らも自分の人生を懸けているから
簡単には納得せず、激論が続いた。
こうして何人かのメンバーと厳しいやりとりが続いたが、
稲盛さんは一人ひとりと真摯に向き合い、
相手の話を丁寧に聞き、自分の思いを伝えた。

コンパの終わりの時間が近づくと、
稲盛さんは激論を繰り広げた相手のコップに
ビールを注いで回った。

そして

「まあまあ、そう怒るな。
 お前たちの言い分はよくわかっている。
 苦労をかけて申し訳ないな。
 でも会社の事情も理解してくれよ」

と、さっきまで真っ赤な顔で怒っていたのに
今度はニッコリと笑って、
「頑張れよ」と声をかけた。

相手は黙って頷いていた。

コンパが終わって、
私は稲盛さんと一緒に帰途についた。
そのときに稲盛さんはこう言った。

「本当に今日は久々に怒った。
 だが、みんな孫みたいなものだから
 厳しく言わないとしょうがないな」と。

確かにその時は凄い迫力だった。
しかし、そこには、本当の孫に対するような
深い愛情があったと思う。
彼らも稲盛さんの本気と愛情を感じたに違いない。


その後、運航本部長から
「ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。
 しかし、コンパに参加したメンバーは
 本当に喜んでいました」と連絡があった。

「これまで経営トップは都合が悪いと
 担当役員に任せきりで逃げていた。
 でも、稲盛さんは直接出てきて意見を聞いてくれた。
 駄目なことは駄目とはっきり言ってくれた」

と感激しているというのである。

本音で話す、勇気をもって行動する、
困難から逃げず真っ正面から取り組む
といったことを稲盛さんは常々口にしているが、
それを自ら体現された。

また、そこには愛情もあった。

その姿を見てパイロットの卵たちも
頑張ろうと思ってくれたである。
結局、JALの再建は順調に進み、
訓練は再開することができた。

稲盛さんは彼らとの約束をきっちり守ったのである。


『JALの奇跡』(大田嘉仁・著)より