コロナ禍によって、
人と人との心の距離が遠くなっています。

こんな時だからこそ、よき言葉に触れ、
よき詩を味わい、心のうるおい、
思いやりの心を取り戻していかなくてはならないと思います。

20年以上もの認知症の母の介護体験から、
優しい珠玉の詩を紡ぎだしてきた藤川幸之助さんの詩『扉』をご紹介します。

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「扉」

認知症の母を
老人ホームに入れた。
認知症の老人たちの中で
静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた。
私が帰ろうとすると
何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ。
そしてどこまでもどこまでも
私の後をついてきた。

私がホームから帰ってしまうと
私が出ていった重い扉の前に
母はぴったりとくっついて
ずっとその扉を見つめているんだと聞いた。
それでも
母を老人ホームに入れたまま
私は帰る。
母にとっては重い重い扉を
私はひょいと開けて