ブログ・ザ・不易流行

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自分のための言葉を見つける旅


 表題を見て、文学好きの人ならとっさに次のフレーズが浮かぶのではないだろうか。もったいぶらずに正解を言うと、「死体が埋まっている」である。

 

 教科書にもよく載っている『檸檬』の作家として有名な、梶井基次郎の短編小説『桜の樹の下には』の冒頭は、結構いろんなところで引用される。
 
 桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。(梶井基次郎『桜の樹の下には』)
 
 ここ数日のうちに、関西では桜が満開になる。とうとう待ち焦がれていた春がやってきた。人々の顔がほころぶ。だが花見に行って、満開の桜の樹の下に「死体が埋まっている」と感じる人は、そう多くはないだろう。いやむしろそんな感覚は、たとえわずかに抱いたとしても、決して周囲の人に口外してはならない。ちょっと頭がおかしくなったんじゃないか、と心配されるのがオチである。
 
 けれども、私たちの心の中をもう一度見つめてもらいたい。そこには、「死体が埋まっている」という梶井の空想を荒唐無稽なものとして一蹴してしまうことのできない自分も存在するのではないだろうか。
 
 そしてそれは、美し過ぎるものには常に何かしら禍々しいものが付き纏っていること、崇高なまでの美は、いつも何やらグロテスクなものを隠し持っていることに、私たちが直観的に気づいているからではないだろうか。そうでなければ、散文詩ともとれる梶井のこの短編が、ここまで人口に膾炙することはないはずだ。
 
 一方で、「桜」といえば、坂口安吾の『桜の森の満開の下』という短編小説も思い浮かぶ。これは坂口の傑作と称されることも多い作品である。ある峠に棲む山賊と、妖しく美しい、そして残酷な女との幻想的な怪奇譚。作者は、桜の森の満開の下は怖ろしいと語るが、やがて女は花びらとなって掻き消え、その後の冷たい虚空がはりつめているばかりの花吹雪の中での男の孤独が描かれる。ここでもやはり、美は恐ろしいものと隣り合わせで存在しているのだ。
 
 『源氏物語』では、光源氏の美しさを表すのにしばしば「ゆゆし」という形容詞が用いられる。
 
 前栽の花、色々咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出でたまひて、たたずみたまふさまの、ゆゆしうきよらなること、所からは、ましてこの世のものと見えたまはず。  
 (訳)前栽の花が色とりどりに咲き乱れて、風情のある夕暮れに、海が見える廊にお出ましになって、たたずんでいらっしゃる様子が、不吉なまでにお美しいことは、場所柄か、ましてこの世の方とはお見えにならない。(『源氏物語』「須磨」)
 
 「ゆゆし」という言葉の辞書的な意味は、「不吉である」とでもいった意味だが、「佳人薄命」という言葉を待つまでもなく、あまりに美しいものはかえって危険なものなのである。また「傾城(けいせい)」という言葉もある。古来、君主の寵愛を受けて国 (城) を滅ぼす (傾ける) ほどの美女のことをいう。
 
 美を求めることと道徳的であることは、必ずしも両立しない。美に目がくらみ、とりつかれて執着する時、多くの人は道を踏み外す。だから、一般的には美と倫理は一致しないのである。
 
 けれども、このように本来両立し難い、「美」と「善」という二つの価値、そしてそれに加えて「真」という三つ目の価値を、歴史上、「真善美」と一括りにして一致させようとした人たちがいる。古代ギリシア人たちだ。哲学者プラトンは美しいものは善きものであるとし、それが真なるものでもあるとした。彼は美と倫理と真理を一致したものと見なした。そうして、美しいものを憧れ求めるところの衝動である「エロス」を崇高なものとした。美を扱う方法として、それはひとつの理想的なあり方でもあろう。
 
 だが、東洋人であった釈迦のまなざしは、もう少し深い。釈迦は「美」の奥に潜むグロテスクさを直視し、美が仮相であると見抜いた。そうして、美と醜という対立を超越して悟りに至ろうとした。彼は、美しい女も所詮「肉袋」に過ぎない、穢れが表面を繕っているだけの存在であると言って、美しい娘を遠ざけ、その父親の怒りを買った。美女に憧れ、執着することで、煩悩に取り憑かれることを戒めたのである。
 
 また仏教では、執着から離れるために死体を眺めるという観相法がある。肉体の若さが無常であることを深く悟るための修行の一つだ。『今昔物語集』には、夫が亡き妻の死体に添い寝して発心する話がある(巻19第2)。
 
 円融院の帝の時代に、三河の守大江定基という人がいた。彼は美しい若い女に恋をして、これを妻としてともに棲んだが、やがてこの女は重病に罹り、とうとう死んでしまった。定基は悲しさのあまり、野辺送りもせず、女の遺体を掻き抱いて添い臥し続けた。だが、数日後、女の口を吸うと、ひどい死臭がする。これにはさすがに耐え難く、疎ましい気持ちが起こり、泣く泣く弔いをした。そして、世の無常を悟り、出家してしまったという話である。
 
 また、同じく『今昔物語集』(巻30第1)には、平定文(平中)という男が本院の侍従に懸想し、かなわぬ恋に身を焦がすあまり、彼女を諦めるために、彼女の排泄物を見ようとする滑稽譚がある。あんなに美しい彼女でも便器にするものは我々と同じはずだ。それを見たら幻滅して、百年の恋もさめるんじゃないかと思いついたのである。そこで、彼は召使いの少女から彼女の「おまる」を奪い取って、中をのぞく。だが、中に入っていたのは、排泄物に見せかけた細工物であった。こんなこともあろうかと、彼女があらかじめ用意しておいたというのだ。そして、彼女のこうした気遣いに感心させられた平中は、ますます彼女のことが愛しくなった。そうして遂げられぬ思いに悩むうちに、病気になって、とうとう死んでしまった、という話である。
 
 この「美しい女性を諦めるために彼女の穢れを観る」という発想は、先の「妻の死体を観て執着を無くし、無常を悟った話」とどこかで通底している。そしてそれは、ある種のデカダンスでもある。
 
 そういった意味では、梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」というフレーズに共感する時、私たちは、プラトンの眼ではなく、釈迦のまなざしになっているのかもしれない。
 
 
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