私はこれまで仕事で数千人の方々にお会いし、取材してきました。
その中で、強く印象に残っている方の話を書きたいと思います。
1日5個、子供の良いところを見つけなさい
これは、ある保育園の創業者(園長)の言葉です。
その保育園は「自主性」を重んじ、どんな子でも受け入れていました。
たとえ重度の知的障害があったとしてもです。
創業者は、障害児と健常児が一緒に育つことで、互いの学びになると信じていました。
ある時、重度知的障害の年少さんが入園してきました。
お母さんは子育てに疲れ切って、匙を投げ、子供を見限った状態でした。
「うちの子は何もできない、何もわからない、まるで獣のような子で…」
常に否定的で後ろ向きな発言ばかりするお母さん。
そこには愛情のかけらもなく、生んでしまった義務感からやむなく育てているだけでした。
そこで園長は1冊の新しいノートを渡して言いました。
「お母さん、このノートにお子さんの良いところを1日5つ、挙げてみてください。
なんでもいい。何かあるはずです。書いたら私のところに直接持ってきてください」
しかし、ノートは来る日も来る日も白紙でした。
「園長先生、一生懸命考えてみたんですけど、何も書くことがありません。
うちの子は何ひとつできないんです。ダメな子なんです」
「それはお母さんが望んでいることを、お子さんができないからじゃないでしょうか?
子供なりにできることを一生懸命頑張っています。
できないことをさせようとするのではなく、できていることに目を向けてください」
この言葉を受けて、お母さんは翌日から子供をより注意深く観察してみました。
うちの子は本当に何もできないのか。
年少という年齢の枠を、母親自身が気にしているから『できていない』と思っているだけではないのか。
すると、次の日のノートには、こんなことが書かれていました。
ごはんを手づかみだけど完食できた
時間がかかったけれど靴を自分で履くことができた
「お母さん、それなんですよ。お母さん自身の課題を、自分で気づくことができましたね。あとは、大げさでもいいから、お子さんを褒めてあげてください。
喜ばせて、自信を持たせるんです」
このことにコツを得たお母さんは、毎日5つ、子供の良いところをノートに書くようになりました。
靴を揃えられた
オムツでおしっこをした時、教えてくれた
外出時、奇声をあげなかった
二語文が言えるようになった
毎日、お母さんが新しく発見した子供の長所に対し、園長は返事を書き、それを発見したお母さんを褒め、励ましました。
あれだけ無気力だったお母さんは、生きる力を取り戻し、
そのノートを生き甲斐に子育てに頑張るようになりました。
園長とお母さんの交換日記は卒園まで毎日続けられました。
そして卒園式。
先生たちの言うことを聞かず、他害もひどく、園のものを手あたり次第壊し続けた暴れん坊の姿はそこにありませんでした。
自分の足でしっかりと歩き、園長からの卒園証書を受け取り、自分の席に戻ることができたのです。
その子の両親、他の保護者、先生たちも涙をこらえきれませんでした。
その後もお母さんと園長の交流は、園長が亡くなるまで続き、
毎年着実に成長していく子供の姿、
そして、お母さんの、子供に対する気持ちを切り替えた瞬間のことを、
園長は一生忘れなかったそうです。
この園長について取材した当時、私はまだ若く、
どの立場に共感もせず、冷静に客観視するのみでした。
『園長は素晴らしい人格者だな』
それだけでした。
しかし、年を重ねた今、私にはこのお母さんの気持ちがよくわかります。
そしてこの親子を救おうとした園長の想いも十分理解できます。
期待値を下げること
子供の本質を捉えること
人と比べないこと
そして、支えてくれる人、理解ある人が周りにいることに感謝すること
どれも難しいことです。
でも、子供への期待値を下げた時、
自分のプライドや堅苦しい考え方が解放されるのは、私自身が体験したことです。
他害をしないのが当たり前。
でもそれができなかった子が、他害を我慢できるようになった。
口を開けば「死ね」しか出てこなかった子が、
死ね以外の言葉を選べるようになった。
他人から見たらどんなにレベルの低いことでも、
それを認めて褒めてあげることが、母である私の役割であると思っています。
試しに長男の良いところを5つ考えてみました。
イケメン
他人に優しい
桜子にたまに親切
明るい
こう見えてモラルが高い
桜子の良いところ。
頭が良い
美人でスタイルが良い
ピアノがうまい
努力できる
キレイ好き
二人とも、おおざっぱな外面的な長所しか出てこなかったわ。。。
これを毎日となるとキツイなぁ
自分の長所は次から次へと出てくるんだが
皆さんはお子さんに対して毎日5つ良いところ挙げられますか?