サクラです。

 なんか私 色々言ってますが、要は怖いんです。天理教が。

  何がそう感じさせるのか考えてみました。やはり 1番は次世代へ道を繋げるプレッシャーだと思いました。

 とある例会に参加したとき、講師が縦の伝導(子に信仰を伝えること)を強調していたんですね。

 それを聞いたとき、ものすごく重た~いものを課せられた気持ちになりました。私にできると思えなかったからです。

 教会に住んでいながら 私は娘たちにお道の話をしたことがありませんでした。それではいけないとわかっていましたが、どうにもそういうのを口にする自分が気持ち悪くて。違和感たっぷりで。(天理教を信じられなくなる前でしたが)

 そのためか、環境としてはどっぷり浸かっているのに娘は教会の子らしくない。「信仰してるのは親だけ」ってカンジです。


 小学生の頃の娘に こう言われたこともあります。「私は天理教にならないよ」と。

 続けて、「お母さんも今はあまり信仰してないよね。いいんだよ、宗教は自由なんだからニコニコ

 娘の言葉……

 これは、天理教人とそうでない人とでは 感想が180度違うと思います。


 世間の人が聞けば、「宗教家庭に生まれながらまともに育ってるじゃん」と思うでしょう。

 でも、教内の人が聞いたら………きっと…


 子育て大失敗。


  娘たちはこれから、天理教っぽくない女子青年になっていくのでしょう。

 孫には もう伝わらない。



 「神様は居るって証明した人はいないんだし、それでいいんじゃない?」と思う自分もいれば、「どうしてくれるんだ!!私のせいで道が切れてしまう!!」と自分を責め立てる自分もたしかにいるのです。



 ……そのうち精神分裂するかも…


 ということで次回は2番目に怖いと感じることを記すつもりです。




 【余談】罰当たりな疑問ですが……なぜ、おやさまは当初の予定通り115歳まで寿命をのばさなかったのでしょうか。人々を早く助けるため…とあるが、個人希望としては そこやってほしかった。

 当時の人間がそこまで生きたなら すごい説得力になったのに。

 あと、不思議な助けを見せられた人は数々なんだろうけど、実話かどうかの証明がほしい。作り話の可能性だってあるわけだし。

 しかも、ほかの宗教でも「勝手に教祖(きょうそ)の手が動いて神からの思し召しを紙に記した」って逸話あるじゃん😢

 神のテープリライターは ほかにもいるってよ。



 ホントにわけわからない。


 …でもね、私はたぶん天理教を信じたいんだよ、本当は。赤ちゃんの頃からおつとめ聞いて育ってますからね。きっと骨の髄まで染み込んでるよ、天理教が。

 刷り込みのチカラって凄まじいものがありますからね…


 目に見えん徳より、目に見せてほしいんだよ、こっちは。