伊坂幸太郎さんによる連作短編集。

本編に収められている七つの短編はいずれも

「出会い」と恋愛や友情を描いた作品です。

 

たとえば冒頭に掲げられた

「アイネクライネ」という一編。―――

ここでは「なかなか、出会いがなくて」と嘆く

主人公の「僕」が、結末でアッと驚く出会いを迎えます。

 

決して劇的な出会いでもなければ、

用意周到に準備された出会いでもありません・・・。

本編は、「ごくありふれた、なにげない出会い」が、

これほどまで読む者に新鮮な感動を与えてしまう、

というハートフルな短編に仕上がっています。

 

またこれに続く「ライトヘビー」という短編でも、

作者は乾坤一擲(けんこんいってき)の仕掛けを用意。―――

ミステリーファンをも唸らせるプロットの捻りが、

実に粋な「出会い」を演出しています。

 

なおこの冒頭の二編に登場した人物たちは、

全編を通して本書を支えているキャラクター。―――

なかでも中心となる人物が

織田一真と由美の夫妻です。

 

一真は一言で言うといわゆる「ダメ男」。―――

家事や子育ては由美に任せっきり。

なのにその性は奔放で、いつも周囲を自分のペースに

巻き込み、時には煙に巻いてしまいます。

 

外見も優美で心優しい由美とは、

まさに対極にある男と言えます。

そんな彼らの魅力的な友人たちが

ページを追うごとに次々と登場。―――

 

それと同時に物語もドンドン膨らんできて、

やがて章(短編)を追うごとに

人と人との繋がりが多面的に展開。―――

まるで織田夫妻を中心に据えた群像劇のような体裁に。

 

もちろん各短編には様々な伏線も張られている

こともあって、読者は「連作短編集」として

読む楽しみが増えること請け負いです。

くわえて全編に散りばめられた

ユーモアあふれる会話も健在。―――

 

とくに織田一真が放つ断定的な物言いに、

抱腹絶倒する読者も多いハズ。―――

とは言え彼の一見破天荒な言動にも、

不思議と説得力がある(?)ことに気づくのは

自分だけではないような気がします。

 

ところで本編のタイトル「アイネクライネ

ナハトムジーク」はモーツアルトが作曲した

同名の弦楽合奏曲から取られているようです。

本曲は陽気で闊達、繊細で優美な楽想に溢れた名曲。―――

古来より音楽ファンに愛され続けている楽曲です。

 

なおこの曲の日本語訳は「小さな夜の曲」。―――

夜の曲は恋人たちが交わす「セレナード」とも訳せますので、

「出会い」や「恋愛、友情」を描いた

本書のイメージと重なるようです。

 

全く個人的な感想であることを許していただければ、

織田一真の活発で前向き(?)なキャラクターにも

(一部)重なるような気がしますが・・・。

 

令和6年6月28日  読了 B  (幻冬舎文庫)

 

伊坂 幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」

仲間うちで「超有名な小夜曲」が話題になったとき、織田

由美は、「それはアイネクライネナハトムジーク?」と答

えた。となりにいた織田一真は「あんな、能天気な曲、夜

に聞こえたらうざくてしょうがねえじゃん」と口に出す。

誰かが「まあ、確かに」と相づちをうったのだが・・・。