東野圭吾さんによる加賀刑事シリーズの長編小説。

本書のなかで彼の「相棒」である

松宮刑事の出自(しゅつじ)が初めて語られます。

 

東京都下の自由が丘で

小さな喫茶店を営む女性が殺害された。

殺された花塚弥生は独身も、その周囲には

彼女のことを悪く言う者が一人もいなかった・・・。

捜査に駆り出された警視庁捜査一課の加賀と松宮は、

やがて容疑者を捜査線上に浮かんだ二人の男に絞り込む。

 

それは弥生の元夫・綿貫哲彦と

店の常連客である汐見行伸の二人。―――

松宮は加賀の指示のもと不審な動きを見せる二人に当たる

うち、さらに二人の女性の存在を意識する・・・。

それは綿貫と同棲している内縁の妻・多由子と、

汐見の一人娘の萌奈(もな)。―――

松宮は彼女たちの内面が何故か動揺していることに気づくも、

その理由まではわからなかった・・・。

 

綿貫と花塚弥生は二人とも子供を望んでいましたが、

その望みはかなわず結局離婚。―――

その後綿貫は多由子と知り合い同棲しています。

籍は入れていないものの、もし子供ができれば

彼女と正式に結婚するつもりでした。

多由子もまたそれを望んでいます・・・。

 

一方汐見は数年前に妻と死別。―――

今は残された萌奈と二人で暮らしています。

なお彼は十数年前に震災で二人の子供を亡くし、

その後に生まれた萌奈を溺愛。―――

ところが皮肉なことに彼女は「二人の身代わり」と

言いたげな父親を疎ましく思い始めています・・・。

 

子供が欲しくてもできない親たちと、

生まれてきた子供に嫌われる親。―――

こうした各人の想いが随所で交錯。

やがて彼らの間にある行き違いが起こってしまいます。

 

本書の終盤で語られる犯人の告白は衝撃的。―――

と同時にその「ホワイダニット」に

隠された犯人の悲しい心情に思いを馳せる読者が

いるかも知れません(?)。

 

ところで本書では本筋の事件と並行して、

松宮刑事の出自について語られます。

彼の父親は母と正式に婚姻していなかったものの、

彼が幼い頃に事故に巻き込まれて死亡。―――

 

松宮は成人するまで母と二人で暮らしていました。

ところが自由が丘の事件の捜査中に、ある女性から

彼の父と思われる人がいるとの連絡を受けます。

しかも彼は、病床で息を引き取ろうとしているとも・・・。

 

このサイドストーリーは捜査とは

直接関係していません。

とは言え作者はこの二つの物語に

繋がりを持たせているようです。―――

 

人間誰しも親子であれば何かの糸で繋がっている。

それはある人にとっては希望の糸かも知れない・・・。

 

こうした思いを誰よりも強く感じたのは、

双方の事件に関わった「刑事」松宮

その人だったような気がします。

 

令和6年5月17日  読了 B   (講談社文庫)

 

東野 圭吾「希望の糸」

殺された花塚弥生が経営する喫茶店は目黒区の自由が丘にあった。

去年十周年を迎えたその店は落ち着いた雰囲気があって、お客も

そこそこ入っていたと言う。店内に入った松宮は、すっと鼻から

息を吸い込んだ。漆喰(しっくい)の壁に包まれた空間には、香

ばしくて甘い匂いが染みこんでいるようだった・・・。