麻耶雄嵩さんによるミステリー短編集。

本編の主人公は推理作家の美袋(みなぎ)三条と

彼の相棒・メルカトル鮎のお二人です。

彼らは大学で同期の「友人」どうし。―――

とは言えその関係は微妙です・・・。

 

美袋は(ほぼ)無名の売れない作家。―――

常識人ではありますが少し

想像力(?)に欠けたところもあります。

 

一方メルカトルは輝かしい実績から

その名も知れ渡っている銘探偵。―――

その性は尊大で常日頃から

「解決できない事件など存在しない」と豪語。

 

たしかに彼の推理能力は際立っているものの、

美袋に対しては妙に冷たく見下してしまいがち。―――

美袋もそんなメルカトルの身勝手で強引なやり口に

不審感を募らせ、どうやらそのフラストレーションは

爆発寸前の様子・・・。

 

本編はそんな彼らが挑んだ

七つの不可能犯罪事件を収録しています。

 

各章のタイトルは

「遠くで瑠璃(るり)鳥の啼(な)く声が聞こえる」

「化粧した男の冒険」「小人間居為不善(しょうじん

かんきょしてふぜんをなす)」「水難」「ノスタルジア」

「彷徨(さまよ)える美袋」「シベリア急行西へ」。

 

いずれも「フーダニット(誰が)」「ハウダニット

(どのように)」「ホワイダニット(なぜ)」の

醍醐味を満喫できる作品が目白押し。―――

なかでも冒頭の「遠くで瑠璃鳥~」はその衝撃度

という点において一番の作品かも知れません・・・。

 

美袋は大学の友人である増岡から、

長野のとある別荘に招待された。

持ち主は増岡の高校時代の恩師である大垣という男。―――

他に三人の男性と佑美子という女性も宿泊している・・・。

 

美袋はとある午後、昼寝から目覚めた後に

出会った佑美子に一目ぼれ。―――

しかし彼女は間もなく死体で発見され、

美袋が第一容疑者とされてしまった。

美袋は藁(わら)をも掴む思いで

メルカトル鮎を電話で呼び出したが・・・。

 

なお本編で用いられた密室破りの

トリックは他に類をみないものかも知れません。

アンチミステリ的な匂いを漂わせつつも(?)

フェアプレイに徹していることは間違いないようです。

 

さて作者は今までに個性的な「探偵」たちを

多数創造してきました。

 

それは例えば子供の神様であったり、自分では謎解きを

しないで使用人たちにそれを任せてしまうという貴族。―――

またその貴族に挑む新米女探偵であったり、

「化石おたく」の女子高校生であったり・・・。

 

本編の探偵役・メルカトル鮎も、

そうした奇妙な(?)探偵たちのお一人。―――

とは言え彼のアクの強さは群を抜いているようです。

 

彼は本編のなかで美袋を囮(おとり)の駒として使ったり、

身の危険を感じる被害者を故意に放置。

また真犯人の証拠を捏造しようとしたりの

やりたい放題。―――

 

なのでそのユーモアを通り越した

ブラックな味付けについては、

読者の好き嫌いが分かれる

ところかも知れません(?)。

 

令和6年5月10日  読了 B  (集英社文庫)

 

麻耶 雄嵩「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」

 ~「メルカトルと美袋のための殺人」

「ねえ。あの鳥知ってる?」。たった今枝から空へ飛び出した

小鳥を佑美子は指差した。二十センチほどの青紫色をした鳥で、

腹は白かったが嘴(くちばし)と喉元が壊死(えし)したよう

に黒ずんでいる。「さあ・・・」と答えたわたしに「そんなこ

とじゃ小説を書けないでしょ」揶揄(からか)うように、佑美

子は笑った。