自分が二十代のころ、若き日の水谷豊さんが

天才ピアニストに扮した「赤い激流」

というテレビドラマが放映されていました。

 

当時の水谷さんは萩原健一さんと組んだ

「傷だらけの天使」で注目され、

さらにこのドラマでその人気に火が付いたようです。

 

残念ながらドラマのあらすじは覚えていませんが、

たった一つのシーンだけ記憶しています。

それは主人公の水谷さんが殺人の罪を着せられて

監獄に入っている場面。―――

 

収監されている狭い部屋の床に

ピアノの鍵盤を書き記した主人公。―――

やがて彼は床面の音の出ない「鍵盤」に両手を添え、

やがて忙しそうにその指を動かし始めます。

そのとき彼が弾いて(?)いた曲が本曲でした。

 

水谷さんはこのドラマの撮影中に

一生懸命ピアノの練習をしていたとのこと。―――

実際に今YouTubeで観てみると

彼は本曲を本当に弾いているようです。

 

ドラマ「相棒」のなかでは彼のマエストロぶりを

伺わせるシーンも良く出てきます。

もしかしたら彼のクラシック趣味はこの「赤い激流」

への出演がきっかけとなったのかも知れません(?)。

 

さて本曲のベートーヴェン・ピアノソナタ第17番は

「テンペスト」という通称で知られています。

彼の32曲あるピアノソナタのなかでも、

その劇的でロマンティックな楽想を慕われて

古来より人気のある曲です。

 

この作品が作曲されたころ

彼は重い難聴に悩まされていましたが、

その一方で「私は今までの作品に満足していない。

今後は新しい道を進むつもりだ。」と

周囲に語っています。

 

本曲はそうした彼の並々ならぬ

決意が伺える作品の一つ。―――

 

曲は三つの楽章から構成されています。

第一楽章は幻想的な分散和音で始まる

ソナタ形式の楽章。―――

静と動、緊張と弛緩が交錯する

ドラマティックな趣きが横溢しています。

 

第二楽章はゆったりしたテンポの緩徐楽章。―――

随所に美しいカンタービレを聴くことができます。

 

最後の第三楽章は本曲全体のクライマックス。―――

急速な第一主題が徹底的に展開され、

ほとんど休みなく熱気に満ちた動きを見せる楽章です。

なお水谷豊さんはこの楽章を弾いていました。

 

さて本曲の通称である「テンペスト」の由来ですが、

これは曲の解釈について弟子に聞かれたベートーヴェンが

「シェイクスピアの『テンペスト(あらしの意)』

を読みなさい」と言った逸話に由来しているとのことです。

 

自分はこの曲をバックハウス、ケンプ、ポミエの

ソナタ全曲演奏盤やゲルバーの演奏で聴いています。

 

ストイックななかにもニュアンスに富んだ

弾きぶりのバックハウス。

第二楽章で美しく旋律を歌わせるケンプ。

メリハリをつけた演奏が印象的なゲルバー。

そして端正なたたずまいを見せるポミエ。―――

 

なおバックハウスについては古いモノラルのライブ録音

(カーネギーホール・リサイタル)も聴いています。

緊張感にあふれた演奏で、また抜群の技巧も

見せてくれる魅力的な録音です。

 

なおここでご紹介しました演奏は、

数ある録音のごくごく一部にすぎません。

名曲だけに名演奏がまだまだ目白押し。

皆さんのご参考になれば幸いです。

 

ベートーヴェン 「ピアノソナタ第17番『テンペスト』」

(水彩画は静物を描いた習作です)