松本清張さんによるミステリー小説集。

「たづたづし」「危険な斜面」「記念に」「不安宴会」

「密宗律仙教」の五編を収めています。

 

作品の舞台はいずれも昭和の世。―――

時は「戦後」が終わりようやく経済も

高度成長の時代に入ったころです・・・。

街にはサラリーマンがあふれ出し、スピンアウトした

者たちが主役となった「事件」も頻発し出します。

 

作者は本編において

このような時代の熱気のなかで

起こったような「男と女の事件簿」を

ミステリータッチで描き出しています。

 

なかでも「たづたづし」と「危険な斜面」の二編は、

主人公による身勝手な犯行とその破滅を描いて

集中の白眉とも言えそうです。

 

プロットのねじれや大胆などんでん返し。―――

さらに作中で語られる倒叙のスタイルが

サスペンスフルな雰囲気を醸成。

切れ味鋭い推理短編小説としても

読みごたえ充分な作品に仕上がっています。

 

「たづたづし」はある官庁の役人が

不倫相手の女性を殺そうとする物語り。―――

彼は綿密な計画に基づいて彼女を絞殺したハズでした。

ところが実は彼女は生きていて、しかも記憶喪失に

陥っていた、というところがミソとなっています。

 

果たして彼は再度彼女を殺そうとして

しまうのでしょうか。

それとも・・・(?)。

読者の想定を覆えし続けるストーリー展開が

印象的なロマンティック・ミステリーです。

 

「危険な斜面」の主人公は

とある会社のサラリーマン。―――

彼もまた出世の邪魔となった

不倫相手の女性を殺そうとします・・・。

 

本編では主人公が犯した殺人と死体隠蔽工作が

彼の目線で語られますが、殺された女性を慕う男の

出現によってストーリーの行方が一変。―――

果たして主人公のもくろみは成功するのでしょうか(?)。

作中に仕掛けられたアリバイ崩しも興味深く、

本格推理の味が濃厚な中編小説です。

 

ところで本編に収められた五つの作品では、

主人公による野心に満ちた企てが

十中八九まで成功しそうな成り行き。―――

ところがいずれの作品においても

ある「予測し難い出来事」が唐突に出来(しゅったい)。

これらが彼らの運命を百八十度変えてしまいます・・・。

 

もしかしたらこの変転こそが「天の配剤」(?)。―――

とは言え読者の意表を突くその幕切れは

ドラマチックでまた余韻に満ちてもいます。

 

とくに「危険な斜面」のエンディングは驚くべきもの。―――

斬新なプロットともども、その衝撃度は

宮部みゆきさんのある有名作品を彷彿と

させてくれるような気がしましたが(?)。

 

令和6年4月5日  二度目読了 A (角川文庫)

 

松本 清張「たづたづし」

 ~「三面記事の男と女」より

「夕闇は 路たづたづし 月待ちて 行かせわが背子 その間にも見

む」。この和歌は万葉集に収められている歌。その意は「月が出

るまでの暗がりの路は、たどたどしくて分かりにくいものです。

あなた、どうか月が出るまで待って、その上でお出かけ下さい。

その間にもあなたのお側にいとうございます」というもの。この

歌はなぜかその男に深い感銘を与えた・・・。