戦国時代を舞台にした米沢穂信さんの長編小説。

本格推理小説と歴史小説を合体させた

ミステリーの登場です。

 

主人公をつとめるのは

織田信長配下の武将・荒木村重。―――

彼はある日突然信長に背いて

伊丹の有岡城に籠城。

反織田勢力の毛利勢や大阪の本願寺に呼応し、

信長に反旗を翻しました。

 

村重が謀反を起こしてからの一年間。―――

本書はその間に城下で発生した

四つの難事件の顛末を描いています。

 

とは言えその四つの事件は

それぞれ不可解極まるもの。―――

なかには「密室殺人」の様相を呈する

不可能犯罪(第一章「雪夜灯籠」)も勃発。

 

いかに智謀に秀でた村重と言えども、

なかなか真相を掴むことができません。

そんな村重に知恵(?)を授けたのが

黒田官兵衛でした・・・。

 

そもそも官兵衛は村重に謀反を翻させようと

織田側から遣わされた人物。―――

村重とは旧知の仲も彼の説得は不調に終わり、

そのまま有岡城の地下牢に押し込められてしまいます。

 

ところが事件の解明に至ることができない村重は、

さんざん悩んだすえに彼の知力を頼って

地下牢に出向き彼と相対。―――

彼からヒントを得た村重は事件を組み立て直し、

やがて真相に迫っていきます。

 

なお官兵衛は見ようによっては

戦国時代の「安楽椅子探偵」。―――

そんな彼が薄暗い地下牢のなかで

村重とふたり「知恵比べ」を繰り拡げていく不思議。

 

まずはこのような謎解きスタイルを

戦国時代に持ち込んだ作者の

卓抜したアイデアに拍手を送りたいと思います。

 

加えて本書には歴史小説としての面白さも横溢。

主人公村重はなぜ人質を殺さないのか。―――

彼は官兵衛を始めとして、捉えた人質を

むやみに殺すことはありませんでした。

またそもそも彼はなぜ謀反を起こしたのか。―――

 

こうした謎が村重と官兵衛のあいだで

取り交わされる「問」と「答え」のなかで

次第に明かされていくプロセスに(歴史ファン

ならずとも)興奮を覚えずにはいられません。

 

軽々に「二刀流」という言葉を

使うべきではないと思う一方で、

本書がミステリーファンと歴史小説ファンの双方を

惹きつけて止まない魅力にあふれていることは

間違いないという気がします。

 

ところで本書は一種の連作中編小説とも言えそうです。

それぞれの事件に潜む謎もなかなか魅力的で、

謎が解かれるたびに自分は納得したつもりでした。

 

ところがそれとは別に

何かが宙に浮いているという感じを

ぬぐうことができませんでした。―――

いわゆる消化不良(?)の状態だったようです・・・。

 

ところが最終盤になんと裏で糸を

引いていたと思われる人物が登場。―――

本書中に描かれていた「絵」のネガが

一気に白黒反転してしまいます。

 

この二重トリックの仕掛けが炸裂したとき、読者は

作者の深謀遠慮に思いを馳せることになりそうです。

古来こうしたトリックは結構あった様子。―――

日本の作家のなかでは山田風太郎さんが

得意としていました。

 

なお本書は(皆さんご存知の通り)

「山田風太郎賞」の受賞作品。―――

その伝奇風のタッチや二重トリックの切れ味は、風太郎

さんの諸作を彷彿とさせてくれたような気がしました(?)。

 

令和6年3月29日  読了 A  (角川書店)

 

米沢 穂信 「黒牢城」

説得に失敗した官兵衛は村重に「なぜ殺さね。殺せ」と迫

る。しかしながら村重は官兵衛の言に耳を傾けず側近の者

に命を下した。「こやつを土牢に入れよ。誰にも会わせず、

決して殺さず、儂がよいと言うまで生かし続けよ」と。こ

うして官兵衛は、摂津の国有岡城に囚(とら)われた。