連城三紀彦さんによる長編小説。―――
大胆不敵な小児誘拐事件の顛末を扱ったミステリーです。
二月二十八日、月曜日。―――
息子の圭太を幼稚園に預けている小川香奈子は、
その幼稚園から圭太が蜂に刺されて危険な状態に陥り
病院へ運ばれた、との連絡を受ける。
幼稚園に急行すると息子の担当は、香奈子に似ている女性と
もう一人の男に圭太を渡したと言う・・・。
誘拐事件と察した香奈子は警察に連絡。―――
するとしばらくたってから小川家に犯人から電話が掛かってきた。
その電話のなかで犯人は彼女に伝える。
「身代金は要求しないが、そちらで払ってくれるなら別。
金額はそちらで決めろ」と。―――
さらに犯人は身代金の受け渡し場所として、
渋谷のスクランブル交差点のド真ん中を指定した・・・。
この誘拐事件を担当するのは警視庁捜査一課の橋場警部です。
彼は腕に愛用の高級腕時計を常時携行。―――
その秒針をにらみつつ、ハードな
スケジュールをこなす凄腕の刑事です。
事件関係者へのヒアリングを行うなかで、彼は
犯人が複数であること。―――
またその首謀者は女性であることを看過します。
その捜査線上に上がったのは圭太の父親の前妻でした。
ところが彼女にはアリバイがある。
はたして彼女こそ真犯人なのか。
あるいはまったく別の女が首謀者なのか。
さらに犯人は何故身代金を要求しなかったのか。
そしてその受け渡し場所を、
常に衆人環視にさらされている
渋谷のスクランブル交差点に指定した理由とは。―――
これらの謎を抱えつつこの誘拐事件は、
犯人主導のもと、強烈なサスペンスを伴いながら展開。―――
やがて事件の様相は読者の想像を絶する
結末へとなだれ込んで行きます・・・。
なお本書のタイトルは首謀者である謎の女性を
イメージしたものと思われます・・・。
蜜のないにせの蘭の花に群がるもの。―――
それはミツバチだけではないようです。
さて本編では最終章「最後で最大の事件」において、
圭太くん誘拐事件の一年後に発生した
新たな誘拐事件が描かれています・・・。
どうやら犯人は前回と同一人物も、
作者が用意したトリックはまったく別物なので、
読者は一冊で二つのミステリーを楽しめることに。―――
しかしながら一回目の事件は大掛かりな謎解きの
興趣にも溢れ、それ単独でも読み応え充分。―――
なので二回目の事件は「付け足し」では、
と思われる読者がいるかも知れません。
とは言え作者は(皆さんご存知のとおり)
筋金入りの本格推理小説作家でもあります。
練りにねったアイデアを活かしたい。
多少の無理筋を承知のうえで読者を楽しませたい。―――
自分はこうした作者の「心意気」を
買ってみたい気もしましたが(?)・・・。
令和6年1月12日 読了 B (ハルキ文庫)
連城 三紀彦「造花の蜜」
香奈子は犯人が指示した渋谷のスクランブル交差点の手前で橋
場警部と待機していた。やがて携帯に犯人と思われる女性の声
で電話が掛かる。「12時30分ちょうどにハチ公広場側から交差
点の真ん中まで行って」と。犯人はまた「真ん中がどこか、わ
かりやすくするためにマークをつけた」とも言うのだが・・・。