東野圭吾さんの長編推理小説。―――

加賀恭一郎が活躍するシリーズ中の一編で、

失踪した彼の母の謎が初めて明かされます。

 

都内小菅のアパートで滋賀県在住の

押谷道子の腐乱死体が発見された。

アパートの住人は越川睦夫と名乗る男性で

現在消息を絶っている。―――

捜査を担当する松宮は殺害時期や現場が近い新小岩で

発生したホームレス焼死事件との関連を疑う・・・。

 

その一方で彼は道子の住む滋賀県での捜査により、

彼女が中学の同級生で女優・演出家の浅居博美を

訪ねて上京したことを突き止める。

やがてこの事件について松宮は従弟の日本橋署・

加賀刑事に相談、彼に意見を求める。―――

すると浅居博美が加賀の知り合いだったことがわかった。

さらに現場のアパートで見つかったカレンダーが、

加賀の母が失踪した謎につながっていることも・・・。

 

刑事・加賀恭一郎は東野圭吾さんのいくつかの作品に

登場するシリーズ・キャラクター。―――

「赤い指」や「新参者」「麒麟の翼」などでの活躍により、

彼をすでにご存じの方も多いと思います。

 

それらはそれぞれ映画化もされ、

阿部寛さんが彼を演じたこともあって大ヒット。―――

東野さんの創出した「探偵役」としては

「ガリレオ」シリーズの湯川学と並んで最も有名です。

 

加賀は持ち前の思慮深さと経験に裏打ちされた

直観力を併せ持った刑事。―――

なぜか単独行動が多いものの、

従弟の松宮に対しては何でも相談に乗っています。

 

ところが今回の捜査に関しては、逆に加賀は

松宮から捜査上の衝撃的な事実を打ち明けられます。

それはアパートのカレンダーに記されていた

十二の「橋」の名前。―――

 

実は数年前に亡くなった母の遺品のなかに、

同じ橋の名前が記されていたカレンダーがあったのです。

 

こうして松宮の追っている事件と

失踪していた加賀の母の謎がつながります。―――

と同時にそのときから加賀と松宮は、

事件関係者の過去を洗う長い旅に出る事になりました・・・。

 

なお本編は本格ミステリーなので

物語りの詳細をお話しすることはできません。

しかしながらこの二人が事件の中心と思える人間を

次第に追い詰めていくプロセスは読みどころ満載。―――

 

とくに加賀のインスピレーションあふれる

仮説の積み重ねは迫力十分。―――

その行間からは彼の亡くなった母に対する

強い思いが読者に伝わってきます。

 

ところである評論家は本編が松本清張の

長編小説「砂の器」と類似している点に言及。―――

どちらも犯人のつらい過去が

物語りの背景になっている、とのこと・・・。

 

言われてみればその通りかも知れません。

たしかに両書とも現在と過去が交錯する

ストーリーテリングがとりわけ印象的。―――

この語り口が読者に深い感銘を

与えていることは間違いないようです。

 

令和5年6月9日  読了 B  (講談社文庫)

 

東野 圭吾「祈りの幕が下りる時」

小菅の事件現場に残されていたカレンダーに記されていたのは

十二の橋の名前。一月の「柳橋」で始まるこれらの橋は、みな

日本橋界隈にあった。実は加賀刑事は以前からこれらの橋の謎

を解こうとしている。というのは亡くなった彼の母親のカレン

ダーに、それと全く同じ名前が記されていたからだ。