道尾秀介さんによるサスペンス長編。

小学校五年生の男女三人がおりなす友情と惜別のドラマを

ミステリタッチで描いています。

 

小学校五年生の慎一は二年前に

鎌倉市に近い海辺の町に引っ越してきた。

彼の父は一年前に病気で他界。―――

今は父方の祖父と母と三人で住んでいる。

友達のいない慎一だったが、新学期が始まってから

春也というクラスメイトと親しくなる。―――

春也もまた大阪から引っ越してきた転校生だった・・・。

 

二人がヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出した

ころ、鳴海という母のない少女もこれに加わった。

三人の無邪気な儀式ごっこは

いつしか切実な祈りに変わってゆく。―――

と同時に三人の関係も微妙に揺らいでいった。

こうしてある夏の日、

彼ら三人にとって最後の願い事遊びが始まった・・・。

 

本編の主人公慎一にはいくつかの悩みがありました。

一つ目は春也が鳴海と

だんだん仲良くなっていくこと。―――

 

実は春也と親しくなる前、慎一に話しかけてくれる

クラスメイトは鳴海だけでした・・・。

そんな鳴海が慎一よりも春也と親しくなっていくことを

次第に怖れるようになってしまったのです。

 

二つ目は慎一の母が鳴海の父親と

付き合うようになったこと。―――

 

鳴海の母は十年ほど前に他界。

鳴海の父と慎一の母はふとした出会いから

付き合い始めました。

そして日がたつにつれ二人の仲は親密に。―――

慎一はこのことを祖父にも話すことができません。

やがて彼は居てもたってもいられなくなってしまいます。

 

さらに春也と鳴海もそれぞれ悩み事を抱えていました。

春也の父親は彼や母親に平然と暴力をふるう男。―――

常日頃から我慢を強いられてきた春也でしたが、

それも限界を超えようとしていました。

 

また鳴海には慎一の母と

親しくなる父への疑心が。―――

彼女はそんな父を理解しようとする一方で、

自分の気持ちが揺れ動いていくのを感じています。

 

こうして三人はそれぞれの悩みを心の中に

しまい込んで願い事遊びに臨みます。

本書がサスペンス・スリラーの匂いを

漂わせてくるのはこの辺りから・・・。

 

慎一と春也の「願い事」ははたして叶うのか。―――

物語りの前半では「お金」や「いじめ」に絡んで

(不思議なことに)彼らの願いが

叶ったこともあったのです。

 

そしてもしも三人の願いがかなった場合、

彼らの仲はどうなってしまうのか。―――

慎一と春也の間には

すでに亀裂が走りつつあります。

 

さらに鳴海が彼らに近づいた

本当の理由とはいかなるものか。―――

少女らしい同情心だけで

彼らに近づいていったとは思えません。

 

こうした三者三様の思いが、

最後の「願い事遊び」の場で静かに交錯。―――

衝撃的な結末になだれ込みます・・・。

 

ところで三人の短い夏が終わったとき

鳴海は「願い事」がもたらしたものに

何故かほっとしてしまいました。

彼女は慎一に話しかけます。―――

「大人になるのって、ほんと難しいね」と・・・。

 

とは言えはたして慎一も同じ思いでいたのかどうか。

この時期の男の子は女の子に比べて奥手なもの。―――

ましてや鳴海はとても利発な女の子です。

慎一がこの鳴海の言葉の意味合いに気づくのは

ずっと後のような気もしましたが(?)。

 

令和5年4月27日 読了 B  (文春文庫)

 

道尾 秀介 「月と蟹」

慎一と春也は海岸からとってきたヤドカリをライターの火で

あぶることを覚える。やがてそれはいつしか「願い事遊び」

に発展する。それでも当初は他愛のない遊びだった。春也は

願い事なんかないと言う慎一に代わってつぶやく。「ヤドカ

ミ様、どうか慎一にお金をくれてやってください」と・・。