ドイツの推理作家フェルディナント・フォン・シーラッハ

によるミステリー短編小説集です。

作者は刑事事件専門の弁護士。―――

その道(法曹界)でも相当著名なお人ということです。

 

ここに収められた十五の短い短編は、

現実の事件に題材を得て描き上げたもの(らしい)。

その実録風の物語りの展開や簡潔で客観的な文体

などを見るとこのこともうなずけます。

 

また短編といっても十ページに満たないショート

ショートもあるうえ、その内容は多種多様です。

本格推理小説や犯罪小説。―――

またなかにはブラックな味わいの濃い作品や、

小悪党が登場するスラップスティックなコメディもあります。

 

とは言え各篇に共通していることが一つあります。

それは本作の語り手である「私」が

どこかで必ず顔を出していることです。

その「私」は作者と同じ刑事弁護士・・・。

 

この「私」が長いキャリアのなかで

(おそらく)最初の弁護を行った事件が

本編冒頭に据えられた「ふるさと祭り」です。―――

舞台は「六百年祭」を祝うあるドイツの田舎町。

その年の八月一日に事件は起こりました・・・。

 

お祭り広場では白いズボンをはき

顔におしろいを塗った男たちがブラスバンドを演奏。―――

彼らが事件を引き起こした当事者です。

彼らはその広場でビールの給仕をしていた

十七歳の女子高校生を集団でレイプ。

 

ところがそのなかの一人の男が警察に通報。―――

駆け付けた警官たちはステージの下に

裸で横たわっている彼女を見つけます・・・。

当然この事件は新聞を揺るがす大事件となりました。

 

ちょうどその頃「私」は司法試験の二次試験に合格。

弁護士なりたての「私」は友人からの誘いもあって

被告側(ブラスバンド)の弁護に

あたることとなりました。

裁判では信頼性の薄い証拠が立件の障害に。―――

はたしてその結果はいかなるものに(?)・・・。

 

本編は「私」の苦い経験を綴った物語りであるとともに、

集中で最も衝撃的な作品のひとつでもあります。

エンディングで「私」は静かに独白。―――

「おとなになったのだ・・・。この先、二度と物事を

簡単には済ませられないだろうと自覚した」

という感慨で幕を閉じます。

 

なお本編以外にも本格ミステリーの逸品「清算」や、

冤罪者の悲しみを描いた「子どもたち」など

強烈な印象を残す作品も目白押し。―――

それらの作品は「実録物」「事件ドキュメント」

という範疇を超えて作者のインスピレーションを

垣間見ることができます。

 

ところで「私」は本書の前作「犯罪」

(短編集)にも登場しています。

こちらも不可思議な「犯罪」を扱ったミステリーが満載。―――

本書をお楽しみいただけた方はぜひこちらも読んでみてください。

 

令和5年4月6日  読了 B  (創元推理文庫)

 

フェルディナント・フォン・シーラッハ 「罪悪」

 ~ 「ふるさと祭り」

「ふるさと祭り」の当日、楽団員たちは朝から町のステージで

ブラスバンドを演奏していた。あまりの暑さから彼らはビール

を飲むため幕の裏にさがった。彼らにビールの給仕をしていた

のは今年17歳になる地元在住の娘。彼女は待ちわびていた彼

らにビールを届けるため、幕のなかに入っていった・・・。