ドイツの作家シーラッハによるミステリー短編集です。

収められた十一の物語りすべてに

刑事弁護士の「私」が登場。―――

本書はその「私」を主人公とする

連作短編集とも言えそうです。

 

各短編では「犯罪」を犯した人物のキャラクターや

「犯罪」を犯した経緯、動機などを詳述。―――

「私」はその犯罪の意味するところを深く掘り下げ、

裁判に臨んでいくというスタイルをとっています。

 

とは言え本書はいわゆる本格推理小説とは異なります。

「私」は犯罪者の依頼に基づく弁護士。―――

本格推理小説でいうところの

「名探偵」という位置づけにはありません。

 

またアッと驚く真犯人の登場など

いわゆるドンデン返しと呼べるような

謎解きのシーンもほとんどありません。―――

なので読者は何篇か読み進めるうちに

「これは普通のミステリーではない」と気づかれるハズ。

 

本書の「序」において作者はこう述べています。―――

「物事は込み入っていることが多い。

罪もそういうもののひとつだ。」と・・・。

これは裁判官だった作者の叔父の言葉です。

 

作者は刑事弁護士として

数々の法廷経験を積んでいるお方。―――

おそらく彼は本書において、異様な犯罪を犯した

人間たちの真実を描きたかったのだと思われます。

 

「彼らは何故犯罪を犯したのか(?)」。―――

本書に描かれた十一人の犯罪者は様々な人びとです。

優しい心根を持つ人もいれば

なかにはエキセントリックな人も・・・。

 

四十年の結婚生活で

ほぼ毎日妻から罵倒されてきた男。―――

七十歳を過ぎたある日、彼は斧で妻をバラバラにする・・・。

周囲から「聖人」とさえ言われていた彼は

何故犯罪を犯したのか(「フェーナー氏」)。

 

記憶障害を持つ弟を必死に看病し続ける姉。―――

やがて弟は車両事故をきっかけに

完全に意識を喪失、姉の名前さえ思い出せない。

そんなある日彼女は弟を風呂場で溺死させる・・・。

弟を愛していた彼女は何故犯罪を犯したのか(「チェロ」)。

 

駅のホームで乱暴者の若者二人にナイフで脅される男。―――

ナイフが自分に向けられたとき、

その男はアッと言う間に素手で二人を殺してしまう。

間違いなく正当防衛が成立するにもかかわらず

黙秘を続ける男・・・。

それは何故か(「正当防衛」)。

 

これらの作品同様、

十一の短編において作者はそれぞれ犯罪者の

計り知れない複雑な心理を描出。―――

その「犯行動機」は圧倒的な説得力を持って

読者に迫ってくること必至・・・。

 

その一方で、犯罪者を見る

作者の暖かい目線にも好感が持てます。―――

彼らを決して見下さない「私」のキャラクターは

どうやら作者本人の人物像に重なるようです・・・。

 

それは明るい未来を予見させてくれる

最後の一編「エチオピアの男」をお読みいただくだけで

うかがい知ることができるハズです。

 

令和4年8月18日 読了 B

 

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「チェロ」(「犯罪」より)

テレーザとレオンハルトは裕福な家庭で育った仲のいい

姉弟。しかしながら弟は車両事故が原因で強度の記憶障

害に陥っていた。弟を愛する姉は日夜彼を看病。―――

ときには病室でチェロを弾いて彼に聴かせる。だが弟は

たいがいその音色を聴きながらうたた寝を始める・・・。