京都の山奥に建つ「蒼鴉(そうあ)城」で

繰り広げられる凄惨な連続殺人。―――

真犯人を追求すべく登場したのは、「名探偵」木更津と

メルカトル鮎のふたり・・・。

「名探偵」の誇りにかけて

彼らは見事、事件を解決することができるのか(?)。

 

ドイツのライン河岸に点在する古城を彷彿とさせる蒼鴉城。

この広壮な屋敷に、莫大な財産を持つ今鏡一族が住んでいる。

そのあるじ伊都からの依頼により、

私(香月)と名探偵木更津はかの城に赴くも、その前夜、

伊都とその息子有馬は、すでに何者かによって殺されていた。―――

それも密室のなかで首無し死体となって・・・。

 

不安を感じた私に木更津はささやいた。―――

「僕たちは最初の一歩を踏み出した」と・・・。

彼の言葉通り、首切り殺人の連鎖が果てしなく続くなか、

もう一人の名探偵、メルカトル鮎が屋敷に到着する。―――

彼と木更津は火花を散らすものの、

彼らをあざ笑うように犯人の跳梁は続くのだった。

 

広壮なお屋敷とそこに住むエキセントリックな登場人物たち。

密室内での首無し死体。

よみがえる死者の暗躍や「見立て殺人」の様相など。―――

これらの要素をおしげもなく詰め込んだのが本書です。

 

なかには「ぜいたく過ぎる」と思う読者もいるかもしれません。

しかしながら本書は、作者二十一歳のときの処女作です。

二十歳過ぎの若いミステリー作家の辞書のなかには、

「出し惜しみ」という言葉はありません(!)。

 

多岐にわたるアイデアと、読者を驚倒させるプロットの冴え。

あまり詳しいことはお話しできませんが、

「見立て殺人」と「フーダニット」の取扱いは

まるで宇宙人の発想です。―――

 

読者によっては、快感すら感じてしまうのではないでしょうか(?)。

また名探偵が二人登場するだけに、ドンデン返しの威力も倍増。

さらに今鏡家と探偵たちの複雑な人間関係が、

事態混迷に拍車をかけます。

 

ところで本書においては、(作者が持つ潤沢な)

クラシック音楽やキリスト教の知識がたびたび披露されます。

しかもそのうちのいくつかは、ミスディレクションとして

物語りのなかに堂々と仕組む巧緻な構成。―――

 

あまりに衒学趣味が高じると、嫌味に感じてしまう場合があります。

ところが本書においては、作者の熱いミステリー愛が

その「嫌味」を薄めてしまっているようです(?)・・・。

 

香月(私)が語る最終章「エピローグ」の最後の一行は、

本書冒頭に掲示された、

ワーグナー作の楽劇「神々の黄昏(たそがれ)」の大詰めで

歌われる歌詞に対応することばです。

 

この一行で読者は思い知らされます。―――

この物語りにおいて、

はたして「名探偵」とは誰だったのかということを・・・。

 

令和2年9月19日  読了  A  (講談社文庫)

 

麻耶 雄嵩 「翼ある闇~メルカトル鮎最後の事件~」

(水彩画はドイツのノイシュヴァンシュタイン城です)

今鏡一族の住む蒼鴉城は中世ドイツのノイシュヴァンシュタイン城

などをモデルにして建てられた。広壮なお城の敷地のなかには教会

や墓地があり、その墓地のなかには1か月前に亡くなった一族の長、

多侍摩(たじま)が眠っている。しつように続く首無し死体の惨劇は、

彼の死が引金となって、狡知、冷酷な犯人が計画したものだった。