江戸・北の定町廻り同心、神谷玄次郎が

難事件を解決していく捕物帳です。

何年か前にNHK・BS時代劇でドラマ化されましたので、

ご存知のかたも多いかも知れません。

 

玄次郎は父神谷勝左衛門の後を継いで、

十三年前、北の定町廻り同心の役に就いた。

しかしながらその一年前に、母と妹を何者かに殺されていた。

その背景には、当時父の勝左衛門が追及していた

事件が絡んでいたらしい。―――

 

その後父の探索は上からの命令により突然中止。

生きる気力を失い廃人同様の身となった父は、

妻らの後を追うように、その一年後に死んだ・・・。

玄次郎は若くして、

自分の心のなかに暗い闇を抱えてしまったのだった。

 

玄次郎は同心の役に就いてからも、

愛する家族の無念をずっと引きずっていました。

父の探索を突如取りやめにさせた役所に対する不満。―――

このことも口には出さぬものの、

彼の心のなかに重くのしかかっていました・・・。

 

なので見廻りの仕事をさぼったり、

なじみの小料理屋に入り浸っているのも、

こうした事情があったからかも知れません・・・。

 

とは言え殺人など難解な事件となると、

彼はその本領を発揮します。―――

 

卓越した勘と鋭い洞察力。

当時、江戸で群を抜いていた剣の腕前。

彼が使う岡っ引き銀蔵の、知恵と胆力にあふれた調査。

これらによって、狡知・凶悪極まる事件を

次々と解決していったのでした。

 

それでも上司、同僚は、

彼を自堕落な「はぐれ同心」と白い目を向けます。―――

彼の首が切られないのは、ひとえに、

この抜群の探索実績によるものだったのでした。

 

本書は八つの連作短編から構成され、

それぞれ一話完結の上質なミステリーとして読みごたえも充分。

加えて十四年前の謎が終盤に急展開。―――

がぜんハードボイルドな雰囲気が横溢してくるなか、

最終章の「霧の果て」を迎えます・・・。

 

最後に見せる玄次郎と真犯人の凄絶極まる対決は、

読者を釘付けにすること必至(!)。

 

また本書では、玄次郎の脇に廻るキャラクターも魅力的。―――

彼に寄り添う艶やかな若後家のお津世。

彼を助ける銀蔵、おみちの床屋夫婦や、

上司の金子猪太夫など・・・。

 

猪太夫は常日頃、玄次郎に説教ばかりしていますが、

彼の事情をよく知っている男。―――

最後には十四年前の事件解明に協力してくれます。

 

ミステリー仕立ての謎解きあり。

市井の人情あふれるユーモアあり。

ハードボイルドな剣げきシーンあり・・・。

 

本書は時代小説の面白さがいっぱい詰まった

藤沢さん渾身の一冊だと思います。

 

令和2年8月29日  二度目読了  A  (文春文庫)

 

玄次郎は十四年前の事件取りやめの事情を知る人物に出会う。

彼はその内情を玄次郎に伝えようとする直前に、何者かに殺さ

れた。しかもたった一太刀による殺人剣によって。その犯人は

十四年前、母と妹を殺した人物に間違いない。しかしながら

玄次郎は、その人物がただ者ではないことを知ったのだった。