あの合宿から丸2日。

 

 大橋と藤原は探偵事務所で事件の整理をしていた。


 

 あの後、真斗は警察に連行され、食堂にはサークル員達が残った。

 これ以上は合宿続行不可能と判断し、倉町より合宿の中止が言い渡され、サークル員達は解散した。


 

 大橋達は解散してから自分達の車で警察の後を追い、事件のその後の詳細を聞き出した。

 

 真斗が連行されてから少しして、末澤から山の中腹部の岩の上に証拠品があった、と電話が入ったのだ。

 

 証拠品は鑑識に回り、凶器から真斗の指紋が、服と凶器から正門の血が検出された。


 

 それからまもなくして佐野のスマホの解析結果も届いた。

 最新の動画に一瞬だけ真斗が写っていた。

 

 佐野は証拠品が引っかかっていた場所の写真も撮っていたようだ。佐野のスマホが落ちていた場所から見えた川、途中の岩場に引っかかっていた写真が残されていた。


 

 佐野が別行動を取り始めたのは、正門事件の事情聴取が終わり解散した頃。全員集合していた時に真斗の靴の違いに気づいたんだろう。

 そこからずっとこの証拠品を探していたのではないだろうか。



 

 真斗はあれだけシラを切っていたのに、証拠品が見つかるとあっさり自供してきた。


 

 正門が栗橋家に行った日に、真斗は正門に自分の想いを託した。

 真斗は兄貴として一緒にいることしか出来ない、彼氏として真由香の傍に居てやってくれ、と頼み込んだのだが、そんなこと正門には不本意なことだった。

 

 正門と別れたことを知った真斗は、裏切られたと捉え、正門のことを尾行し襲うチャンスを狙っており、探偵事務所に入って行ったのもしっかり見ていた。

 真斗は音を立てないように事務所のドアまで行き、ドアの隙間に盗聴器を仕掛けていた。探偵事務所周辺に誰もいなかったのに話が全て筒抜けだったのはその為である。

 しかし、大橋達はその事にひとつも気づく様子はなかった…。

 

 真斗はそこで探偵が合宿に着いてくることを知った。

 家に帰ると愛華が着いて行く、と張り切っていた為、それに便乗して合宿に参加。もうその時点で合宿での正門の殺害計画は立てていたとのことだ。



 

 福本については、真由香と付き合っていることが許せなかったから殺した、と供述。真由香が、真斗を含め栗橋家ににそのことを隠していたから、余計にカッとなってしまい殺害に及んだ。お気に入りの正門とは逆だ。


 

 その流れで、本音を言うと真由香と付き合いたい、妹以外の女と付き合えない、と話してきた。その異常さに警察はゾッとしたらしい。やはり真斗は正真正銘のシスコンかもしれない。



 

 佐野については、真相に気づかれたから殺した、と供述。

 大橋達に福本事件の事情聴取をされている時に、真相に気づいているかもしれないと思い、殺害のチャンスを狙っていた、とのことだ。

 

 大橋達が栗橋家のコテージに向かった後、佐野は案の定、香織の目を掻い潜り食堂から抜け出したんだろう。

 真斗も香織が佐野の様子を見に行った隙に食堂を抜け出し、佐野が向かったであろう正門の犯行現場に向かった。既に佐野は居なかったため、そこから川を下って行き佐野を見つけ、犯行に及んだ、と。


 

 正門事件時は、コテージの陰に隠した大橋を元に戻さずそのままにし犯行に及んでいた為、大橋がいないことを佐野に目撃されていたし、佐野のスマホは壊れたように見えて、実は画面にヒビが入っただけだった。


 

 緻密なように見えて抜けている部分もある。

 今回の事件は真斗のそういったところが事件解決の鍵になった、と林が話していた。



 

 大橋達は片付けが終わると事件を振り返っていた。もう二度と依頼人を死なせないように、と肝に銘じた。

 

 当たり前のことだが、犯人にハメられているようじゃ探偵は務まらない。


 

 そう意気込んでいたら、いいタイミングで事務所の電話が鳴った。

 

 仕事が来た、と藤原が嬉しそうに電話に出る。



 

「はい丈橋探偵事務所です!!どうされましたか??

 

……ん?すみませんもう1回いいですか??」

 

「なに丈くんどうしたん…??」


 

 電話の主は大阪のおばちゃんのようで、早口で何を言っているのか聞き取れなかったみたいだ。

 また誰かが殺されたような事件の依頼みたいだが…





 

「…は??吸血鬼?に殺された??…いや?何言うてるんですか…、そんなこと…あるわけ…」








 

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 人は死ぬと成仏するはずだ。

 

 成仏とは、本来は悟りを開いて仏陀になること。仏陀とは悟りの境地に達した人のこと。


 

 しかし、日本での「成仏」という言葉は、死後極楽に生まれ変わるという意味であり、逆に、「成仏できない」といった場合は、死者の霊魂が現世をさまよい続けるという状況を指すらしい。



 

 故人の霊魂は亡くなってから四十九日で成仏する。

 

 故人の霊魂は、亡くなってからすぐはこの世とあの世を行ったり来たりしており、命日から7日ごとに閻魔大王を筆頭とする十王から裁きを受けているらしい。

 これは、故人の魂がどの世界に転生するかを決めるための裁判であり、四十九日目に最終的な裁きが下され、故人の次の転生先が決まるのだ。


 

 つまり、故人の霊が必ず極楽に行けるということではないのだが、故人の霊が現世をさまよう期間は四十九日で終了する。




 

 あの事件から約1ヶ月後。

 

 四十九日の過ぎていない被害者3人の霊魂は、まだこの世とあの世を行ったり来たりしていた時期だったが、一番最初に行き先が決まった霊魂は正門だ。





 

「……ん………」


 

 ある池の傍に正門は大の字で倒れていた。

 

 意識を取り戻した正門は、痛みの走る重い身体を起こし、辺りを見渡した。


 

 首の左側が1番痛い。

 痛みで思わず傷口付近に手を持っていったが、その傷口に違和感を感じ、身体を引きずりながら池に自分の姿を写し確認した。


 

 真斗に殺された時に急所となった場所。

 ナイフで切られ開いているはずのその傷口が、どんどん治癒されていき終いには跡形もなく元通りになった。

 

 正門は傷口が自然治癒することにも驚いているが、池に写った自分の姿を見て唖然としていた。



 

 全体的に色の黒い肌に、見覚えのない服装とマント。

 服だけではなく、自分の顔をよく見てみると牙と角が生えている。



 

「なんやねんこれ…」


 

 正門は変わってしまった自分の姿を見て、今いるこの場所が現世でもなくあの世でもないことを悟った。



 

 正門は辺りを見渡した。

 今いるこの場所はあのキャンプ場とどこか同じようで違う。

 

 目の前に池はあるが川はない。

 コテージがあったであろう場所は建物も何も無く、閑散としている焼け野原。

 

 どこかダークな雰囲気が漂う怪しい場所だ。




 

 正門は目の前の焼け野原を見て立ち尽くした。

 

 現世で人生をめちゃくちゃにどころか理不尽な理由で強制終了されたのに、次に行き着いた先はよく分からない世界。


 

 当然だが現実を受け入れられなかった。



 

 せめて極楽浄土にいたかった。

 あの世に行けないなら自分で行くまでだ、と近くに落ちていたガラスの破片で自分の左手首を刺した。



 

「ぐぅ…!!」


 

 痛みは感じる。やはりここはあの世ではない。しかもこんな怪我レベルの出血で死ねるはずもない。


 

 正門は痛みで膝から崩れ落ちた。

 

 左手首に視線を落とすと、また傷口は自然治癒で治っていった。



 

 正門は仕方なくこの現実を受け入れた。

 変な世界に来てしまったのなら、そう簡単に死ぬことの出来ない身体になってしまったのなら、せめて自分が何者なのか模索しこの世界で生きて行くしかない。


 

 正門は立ち上がり歩き出した。

 向かう先は分からないが、きっと歩いていれば誰かがいるはず。





 

 そう思って休みながら歩き続けたが、丸2日、誰にも会うことはなかった。






 

 …どういうことだ。もしかして誰もいない世界なんだろうか…。


 

 空腹を感じ、木になっている林檎をもぎ取り食事を摂る。

 やはり住む世界が違うからだろうか、林檎はひとつも美味しくなかった。


 

 腹が減っては戦ができぬ。

 食べる物なんてそう見つからないだろう、と、美味しくないのは諦め、もぎ取ったその林檎を平らげた。



 

 歩き続けるにしてもどこに向かえばいいか分からない。正門はこの世界に来て3日目でもう嫌になっていた。

 

 やはり自分からあの世に行くべきなのでは、と、この世界で生きていくことを諦めだしていた。



 

 しばらく近くの林の中を歩いていると、ある木の下にロープが落ちていた。

 

 ちょうどいい、これで首でも吊ってあの世に行くとするか。


 

 もう死ぬことしか考えていない正門は、なんの抵抗もなくロープを木に掛け首を吊ろうとしていた。



 

 何とか木によじ登り、太めの幹にロープを固定した。ロープを首に掛け固定し木から飛び降りれば、次に目が覚めた時はもうあの世だ。

 

 もう死ぬことに抵抗のない正門に迷いはなかった。


 

 ロープを首に掛け、いざ飛び降りようと地面を見た。

 

 死ぬところを見られたくない、どうせ周りには誰もいないだろうと周りに視線を凝らした時、少し奥の林の終わりに誰か人が倒れているのが視界に入った。

 

 正門は木の幹という不安定な足場にいることを忘れていた。

 その人に気を取られたことで重心が前にずれ、足を滑らせ木から落ちた。

 

 その瞬間、固定した木の幹が折れ、正門と一緒に落下。


 

 正門は首吊りするどころか、ただ木から落ちた人になってしまった。太めのその幹が当たり鈍い痛みが走る。



 

「くっそ、なんでや!!!」


 

 こんなもの!!と、ロープを引きちぎると、さっき視界に入った人の元へ向かった。

 

 この世界の住人なら何か知ってるかもしれない。そう期待を込めその人に近づいていった。







 

「大丈夫ですか、生きとります??」

「…ん……、」


 

 正門はうつ伏せに倒れていたその人を抱き起こした。 抱き起こし腕の中に収まる彼の顔を見て、正門は驚いた。


 

 自分より少し若く、茶髪でやや童顔な丸顔の彼は、どこからどう見ても合宿のコテージで同室だった福本にしか見えなかった。

 

 しかし正門とは違い、彼の肌の色は普通であるし、牙も角もない。



 

「おいお前、目を覚まさんか」


 

 まだ目を覚ましていないだけで、福本は生きていた。正門は知った奴がいてよかった、とほっとした。

 

 自分が死んだ後、現世で何が起こっていたのか分からないが、福本がこの世界の住人ではないことはすぐに分かった。



 

「おい!!お前生きてるなら起きろ!!俺や、正門や!!なんでお前までここにおんねん!!!お前も死んだんか、なあ!!」


 

 助けてしまった以上ほっとくわけにはいかない、と、正門は福本の身体を揺らし目を覚まさせた。


 

 福本は意識を取り戻した。

 目を覚ますと、まだ寝ぼけている頭で助けてくれた正門の顔を確認した。

 

 福本は最初こそ状況を理解していなかったが、少しずつ目の前に正門がいることに違和感を覚えた。


 

 当然福本は驚き正門の腕の中から抜け出した。


 

「ちょ、なんで真由香の元彼のあんたがおんねん!!お前死んだんちゃうか!?生き返った!?」

 

「お前なあ…復活して早々元気な奴やな…」

 

「なあなんでお前がおんねん、お前死んだよな!?いや、俺が死んだんか!?やって、真由香の兄貴と同じコテージになって宣戦布告したら、いきなり襲われて首締められて目が覚めたと思ったら空が見えて……って、え???」


 

 福本は生前の記憶を辿っていき、現在の状況を理解した。

 

 自分が死んだことにようやく気づいたようだ。



 

「え、待って、俺、今、生きてる??」

 

「おそらく1回死んで生き返った」

 

「そうか、じゃあ俺は生きて……って、んなアホな!!なんでや!!ていうかあんたがそこにおるってことは、やっぱり俺死んどるやん!!やって俺あんたの無惨な姿を見てんねんから!!!」

 

「やめろ、殺された俺の姿を喋んなや。恨むなら真由香の兄貴を恨め」

 

「なあ〜〜待って、俺は!!今、生きてるのか死んどるのかどっちや!!ていうかここはどこや!!」

 

「とりあえずお前1回落ち着け!!!!」



 

 正門は自分の状況がよく分からず取り乱す福本を宥め、1度落ち着かせた。

 

 1度死んだ自分たちがまだ生きているこの世界がどこであるか調べる必要がある。正門の身に起きた変化を話すと、頭のいい福本はすぐに理解したようだ。


 

「俺らがナニモンか分からんけど、あんたのその見た目はまるでヴァンパイアちゃうか。俺でいいなら血吸ってええで、腹減ったろ、食事や。」

「誰も男の血なんか吸いたないわ、しかもお前かよ…」


 

 福本は自然治癒が出来るなら血を吸われても傷口も平気だと思っていた。

 

 噛んでみろ、と福本がうるさい為、文句を言いながらも正門は福本の首筋に噛みつき血を吸い出した。


 

が、


 

「やっぱりまずいねん!!女の血を吸わせろ!!なんでお前やねん、吸うんやなかったわ!!!!沢森か日埜か真由香を殺して連れて来いや!!」

「まずいまずい言うな、血の味なんてそんなもんやろ!!ていうかその発言アカンやろー!!!!」




 

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 結局、正門に噛まれた傷口は治らず。

 ただ福本が痛い思いをして血を吸われただけだった。

 

 福本はよく分からないが、これで正門は吸血鬼になったのではないか、と1つ確証が得られた。


 

 この世界がどんな世界なのか調べるため、2人はこの世界の住人を探し出し聞き出すことにした。



 

「そうや、ずっとお前って呼ばれてんのも嫌やから、ちゃんと名前で呼んだってよ。同室やったんやし、覚えとるやろ。福本や、福本こう…」

 

 福本は名乗ろうとしてその場で立ち止まった。あれ?と頭を張り巡らせる。


 

「なんや、『福本こう』なんか??」

 

「いや、ちゃうわ。こう…こう…福本こう…なんやっけ…」


 

 正門は振り返り福本の方を見た。

 

 福本は一生懸命何かを思い出そうとしている。話を聞くと、どうやら下の名前が思い出せないらしい。


 

「お前のことを馬鹿にしたいところやけど、俺も『正門よし』までしか思い出せへんわ。もしかして、この世界に来たペナルティちゃうか」

「うそーん…」


 

 仕方がない、と諦め、お互い正門、福本と呼び合うことにした。

 

 2人は人がいそうなところを見定めて、その方向にまた歩き出した。


 

 しばらく歩いていると、吸血鬼の親子と見られる3人が散歩をしているところに遭遇した。

 

 ようやく住人に遭遇出来た、と福本が彼らの元に駆け寄った。



 

「すんません〜、あの、お聞きしたいことがありまし…

「あら、その見た目は普通の悪魔やんな?あとイントネーションが関西弁っちゅーことは、君も元は人間やったんかな?」


 

 親子の母親に即座に正体を見破られ2人は目を丸くした。

 

 どういうことだ、と彼らに迫る。


 

「あんな、うちも元は人間やってん。この人がこの悪魔界から人間界に降りてきてもうてうちに一目惚れしてんねんな。それで血を吸われてうちが死んでもうたからうちもこの世界に来れたんや。」


 

 その母親は笑顔で自分の過去を話し出した。

 

 父親は過去の話を出され照れくさそうに顔を赤らめていた。


 

「こういうのをな、吸血鬼の感染と言うんだ。俺が血を吸ったからアンナに感染してこの世界に来れるようになったんだ。俺はこの世界で生まれた吸血鬼、元人間ではないからな」


 

 隣にいる大柄なその父親は純粋な吸血鬼らしい。その為彼は関西弁でなない。彼はジョージというやや日本人離れした名前だという。

 

 真ん中にいる子供は吸血鬼の子供だ。



 

「キミ、名前なんて言うん??俺はフクモト、こっちの吸血鬼はマサカド言うねん」

「おい、勝手に紹介すんなや」


 

「ケン、れちゅ??やれ??まま、おれもやれ、ゆーたほうが、い??」


 

ケンと名乗るその男の子は関西弁と標準語が混じった喋り方をしていた。


 

「どっちでもええんよ、ケンの好きな方で喋ればええ」

 

「じゃあままとおなじにする!!」


 

 ケンはフクモトを見ると嬉しそうに自己紹介してきて抱きついてきた。だっこ!とおねだりされた為、フクモトはケンを抱き上げた。


 

「ケンくん、いまいくつなん??」

「2ちゃい!!」

 

 ケンはフクモトに懐いたようで、顔周りに抱きついてきた。

 

 アンナとジョージが見守る中、フクモトの後ろでマサカドは子供は苦手だ…と言わんばかりの視線を送っていた。


 

「ふくもとにいちゃん、このにいちゃんは??…おともだち??」

 

「まあな、この世界に来たばかりの新入りや」

 

「ふーん…?」



 

 さあケン降りろ〜、とフクモトはケンをアンナに預けると、情報ありがとうございました、とお礼を言い、その場を後にした。

 

 フクモトは、アンナ達が歩いてきた方向に街がある、と読んだのだ。


 

「さっきの親子に聞けばよかったのに」

「ケンくんが可愛くて忘れとったわ(笑)吸血鬼でも子供はやっぱり可愛いなあ」


 

 アンナ達吸血鬼親子から得られた情報から察するに、ここは悪魔界。おそらくフクモトは普通の悪魔で、マサカドはその悪魔の中の吸血鬼という部類に入るんだろう。

 

 吸血鬼親子がいるくらいだ、他にも悪魔はいるはずだ。


 

 街がありそうな方角に向かって2人は歩いていくが、行き着いた先は街どころか、更に閑散としたところへと辿り着いてしまった。



 

「こんな世界に街があると思わんな俺は」

「参ったなあ、街に行けば人に会えると思ったのに」


 

 フクモトはしょーがない、と今度は水を求め別の場所へ歩き出した。

 

 近くに川が流れていた。

 2人はとりあえず水分補給し、ついでに散策しようとその川を辿って行くと滝に辿り着いた。


 

 もう日が暮れ行動範囲の狭くなる時間帯。

 フクモトがしばらくはこの辺で野宿生活をするしかない、と、住処を確保したり、食料調達に行こう、とずっとマサカドを振り回していた。







 

 そうやって2人で生活すること1週間。

 

 フクモトは悪魔といえど元々の習性は人間と変わらない為、割と人間らしい生活を送れていた。

 しかし、一方のマサカドは吸血鬼である為、昼間の活動量が少なく夜中に1人で行動するなど、フクモトとは時間のズレた生活を送っていた。


 

 フクモトが気を利かせて食料を余分に持ってきても、いらないと突き返すことがほとんどだ。マサカドが言うには、吸血鬼になってから好き嫌いが激しくなったらしい。

 

 自分でもろくに食事摂らないマサカド。その為、彼はみるみるうちに痩せていった。


 

 さらに、マサカドを1人にして放っておくと勝手に自殺行為に走る為、フクモトはずっとマサカドのお世話のしっぱなしだった。



 

「なあー、なんでそんなすぐに死のうとすんねん!!まだ悪魔やけど生きとるやろ!!そら理不尽に無惨に殺されたのは可哀想やけど、こうやってまた生きとるからええやろ!!」

 

「うるさい!!元カノの兄貴に殺された奴の気持ちくらい察しろ!!まだまだ人間としてたくさんやりたいことあったのに、なんであんなシスコン野郎に殺されなあかんねん…!!やったらもういい、悪魔がなんや、吸血鬼とかなんや、変に生きとるくらいなら死んだ方がマシや…!!」


 

 マサカドは真斗に殺されたことで完全に自暴自棄になっていた。

 

 しつこいからあっち行け、とフクモトを振り切り、滝の方に駆け出した。


 

 しかしここ1週間、まともな食事をほとんど摂っていないマサカドの体力は落ちていた。

 

 少し走っただけで息が上がる。すぐにバテて座り込んでしまった。


 

 後ろからフクモトが大丈夫か、と心配してくる。


 

「もうこのまま餓死すればええ、こんな世界でどう生きろと…」


 

 マサカドがまた死ぬ方法を考えているのを見て、フクモトは呆れていた。

 

 吸血鬼が好む食べ物が分からない。マサカドには人間の血がないと生きていけないのかと、フクモトは諦め出した。


 

 フクモトが参ったな…と考えていると、マサカドがいきなり顔を上げた。


 

「な、なんや」

「血の匂い…??」


 

 フクモトには感じないが、川の水から血の匂いがするらしい。

 

 マサカドは身体を引きずりながらその匂いの元へと向かった。 



 

 そうして行き着いた先は滝だ。


 

「あ、誰かおる!」


 

 一緒に着いてきていたフクモトが、滝壺に誰かが浮かんでいるのを見つけ助けに行った。

 

 マサカドは川にも滝にも入らず陸地でフクモトの帰りを待っていた。

 

 フクモトは滝壺に浮かんでいた彼を抱き上げ、陸地まで運んできた。



 

「なあ、マサカドも覚えとるやろ。香織ちゃんのいとこの高校生」

 

「え?あ、まあ…」

 

「なんでか知らんけど、あいつも殺されたんちゃうか、ほら」


 

 フクモトがそう言って助けてきた彼を陸地に寝かせた。

 

 背の高い黒髪の塩顔の少年、意識はまだ戻っていないが、彼はどこからどう見てもあの佐野だ。

 

 佐野は頭から血を流しており、水と一緒に陸地にぽたぽたと垂れていた。



 

「まだ若いのに…、なんでこいつが…」

「それは俺らも一緒やろ」


 

 悪魔界の新入りであっても、まだ若い佐野でも、知り合いが1人増えたことは2人にとっては心強かった。

 

 フクモトは佐野の身体を揺らして起こす。



 

「…ん…」

 

「おう、起きたか。お勤めご苦労様、悪魔界へようこそ」

 

「……え??」


 

 目を覚ましフクモトの言葉に反応した佐野は、ガバッと飛び起きた。しかし頭からの出血がまだ止まっていない為、体調は優れず、頭痛と貧血に見舞われている。



 

「…正門さん、と、福本さん…??」

 

「そうや、どうやら死んだはずの俺らはまだ成仏したらあかんらしいな。今度は悪魔として生かされるみたいや」


 

 死んだはずの2人を目の前にした佐野は、まだ状況を理解出来ておらず、細い目を丸く大きくしていた。

 

 一方マサカドは、佐野の血を見て疼いているみたいで、我慢が出来ず佐野の後頭部に手を伸ばし血を舐め出した。

 突然の出来事に佐野は驚いていたが、マサカドの顔色はすぐ良くなった上に、佐野の後頭部の傷口も治っていった。


 

「…え?」

 

「まだ若いからやろな、お前の血は不味ないわ」


 

 目の前に獲物が出てきたせいか、マサカドは生きる活力が戻ってきたような表情になってきていた。


 

 予想外の生まれ変わりに驚いている3人。

 殺されたことで悪魔に生まれ変わってしまった以上、彼らは悪魔としてまだまだ生き延びなければいけない使命感を感じていた。




 

 悪魔としての未来は無限大。

 若き3人の悪魔は、これからの悪魔界を変えていく3人となり、悪魔界の秩序を作っていくのであった。