沢森がサークルのグループLINEでサークル員に集合しろ、との連絡を回した。
連絡を回した10分後には全サークル員が食堂に集まった。
「よっしゃ、全員揃たな…。」
倉町のその台詞に数人は違和感を覚えた。
彼らは福本がいないことに気づいているみたいだ。
「そうや…、言いたくないねんけど……
福本が死んだ。
刑事さんが今遺体と現場の検証してんねん…。安全の為にしばらく全員で食堂にいろ、とのことやって…」
倉町はサークル員達にそう伝えた。
「…なあ、なんでアイツまで死ななあかんねん!!アイツなんかまだ1年やん、まだまだこれからやん!!明るいムードメーカーやったのに!!頭もよくて実力もあって、めちゃくちゃサークルに貢献してくれるメンバーやってんか!!ほんま、さっきまで元気やったのになんでなんや…!?」
合宿2日目の午前中だけで2人も殺された。
幹部メンバーの男子学生が泣き崩れる倉町を抱き留めていた。
「頼むから犯人がおるなら出てきてくれへんか…、これ以上サークルの人間を殺さんでくれや…。居心地のいいサークル目指して色々頑張ってきてんのに…、殺さなあかんくらい恨みがあるなら俺が色々相談乗ったりすんのに……」
殺しだけはやめてくれ…と、現実を受け止められないようだ。
しかし感傷に浸っていても事件は解決しない。
警察は今現場検証中でここにはいない。そうなれば探偵である大橋達が事件解決に導かなければいけない。
2人は手分けしてサークル員達のアリバイを1人1人聞き回った。
アリバイのない学生だけを一角に集め、昼食を摂りながら彼らの事情聴取をすることにした。
香織と佐野と真斗。
ペアの相方がいなくなっていて探し回っていた学生ばかりだ。
「佐野は第1発見者でもあるわな、日埜が探し回ってたのに何してたんや」
「ちょっと捜し物。キャンプ場内をウロウロしとっただけや、そんな探し回るなんて大袈裟な…」
1人になったことを全く反省している様子のない佐野。その態度に香織はイラッときたようで、佐野に説教を始めた。
「刑事さんが1人になるな言うとったやろ、なんで言うこと聞かへんの!私は心配して探し回ってんねんで、おかげで私のアリバイまで証明出来てへんやん、私まで疑われてんねんで!!」
「やって香織ちゃんは友達と一緒におったやん!!女の子のコテージに行くのも気が引けたし、捜し物したかったからキャンプ場内をウロウロしとっただけや!!キャンプ場内なら誰かが見てくれてるはずやのに、なんで誰も俺の事見つけてくれないねん!」
「そんな他人頼みなアリバイ証明ないやろ!!そんなん疑われて当然やん!!ゆうくんはまだ高校生やろ、ゆうくんに何かあったら私がおばさんに顔立てられへんやんか!!」
「いつもいつもうちのオカンの話のばっかりやん!!そんなにオカンのこと気にしてたら何も出来んやろ!!大丈夫やって、俺やってもう高校生なんやから自分の身は自分で守る!!」
「ゆうくんはもう高校生と思ってるかもしれんけど、私らからしたらまだ高校生や!!1歩間違えたら死ぬかもしれんこの状況下で何言うてんねん!!もう大人しくしとって、みんなで一緒におるの!!」
ヒートアップしそうな2人の喧嘩に大橋達が止めに入った。
今の話によると、香織はある程度の時間まで他の女子学生と一緒にいたが、途中からは佐野を探し回る為に1人になったようだ。
今の喧嘩を近くで聞いていた学生から、1人でウロウロしていた佐野を見た、との目撃情報を聞いた。
今朝の集合時からコテージに戻る際、コテージ方面に歩くサークル員に紛れて離脱したのを目撃した学生と、バーベキュー炉方面でウロウロしている佐野を目撃している学生もいた。
しかし、彼らはいつ目撃したかよく覚えていないとのことで…
「時間が分からんのならアリバイ証明にはならんな。絞殺痕も扼殺痕もあるんやし、第1発見者イコール犯人の場合もあるからな。それにお前は正門事件の容疑者でもあるからな、まだまだグレーゾーンやわ」
藤原がド正論で佐野を諭した。
佐野は図星だったのもあり、何も言い返せずムッとしていた。
サークル員はほとんどがペア同士でアリバイ証明出来ている為、福本とペアであった真斗のアリバイは曖昧だ。
「コテージ前で会うたのが何時頃やったけ…」
「多分9時15分頃?」
「その前に福本はコテージから出て行った、と…」
「そうやな、いつ出て行ったかは分からんけど」
真斗はその辺の時間のアリバイしかない。
福本の死亡推定時刻が正確に出ない限り、真斗を疑うにも情報が足りなかった。
「福本を探しとったくらいやし、誰かに目撃されてへんのか?」
「そんなん目撃される俺に聞かんでよ」
真斗を見かけた奴はいるか、とサークル員に話を振ったが、サークル員からは特に目撃情報は得られなかった。
「9時…50分頃やろか。あの小柄な刑事さんに会うたで、末澤とかいう人」
「あぁ、お前らのこと探しに行ったからな。どこで会うたんや」
「自分の、というか、福本くん達のコテージの近く」
「ふうん…」
真斗はそこからは末澤と一緒にいたらしい。
しばらく話を聞いてると、藤原のケータイに末澤から聞き込みの結果の催促の電話が来た。
結果を話すついでに現場検証結果を聞いたが、それでもアリバイのはっきりしない2人にはまだ容疑がかかっていた。
現場はバーベキュー炉近くの木の下。
福本が倒れていた傍の木の幹に何かと擦れたような痕があった。
バーベキュー炉で燃やされていた大きな布を福本の首に巻き付け、それを木の幹を通して引っ張った。それなら人の首を絞められるくらいの負荷はかけられる。福本の首に残っていた引っ掻き傷は、おそらくこの時に抵抗した物だと思われる。
扼殺痕は死にきれていなかった福本にとどめを刺す為か、もしくは犯行現場に連れてくる為に気絶させた時につけたものか。
とどめを刺す場合だとかなりの負荷をかけなければいけない、しかし痕が薄かったことから、おそらく後者かと思われる。
バーベキュー炉周辺を調べたところ、燃やした時に使われただろうライターが落ちていた。指紋が残っていなかった為、おそらく犯人が拭き去った。その大きな布は調べを進めたところ、各コテージに置いてあるシーツだろう、と推測された。
シーツが燃やされていたのはおそらく証拠隠滅の為。正門事件の時と同様に犯人は特定されるような証拠を残さないようにしていることから、シーツについた指紋を消そうと考えたのかもしれない。林曰く、シーツのような布に指紋が残っているとは思えない、とのこと。用心しすぎて燃やした、それだけのことだと予想していた。
藤原は末澤に聞き込みの結果、容疑者が3人…いや、真斗と佐野の2人に絞れたことを教えた。もう全員を拘束しておく必要はないだろう、と林が判断し、昼食が終わったら3人以外は開放しても大丈夫と伝えられた。
藤原は、現場検証をしても尚、犯人の決め手に欠けるこの状況に納得いかなかった。
まだ情報が足りない、まだ何かが隠されている。
警察に頼んでまだ結果が知らされていない正門のケータイの解析結果。夜中に呼び出した奴が特定出来れば少しは進展するのに…と思っていた。
昼食を終え、食堂には容疑者3人と大橋達が残った。
警察の指示で食堂に残っていろ、とのことで、動きまわれず大人しく待機していた。
しばらくすると刑事3人…ではなく、末澤が1人で食堂に乗り込んで来た。何かコピーのような資料を手に、大橋に掴みかかってきた。
「え、え、なに!?」
「大橋、やっぱりお前も怪しいな!!なんやこの履歴は!!夜中に正門を呼び出したのはお前か!!!」
「えぇ!?」
手に持っていた資料を突きつけられた為、大橋は目を凝らした。
その資料は正門とのLINEの履歴だ。
『夜中にすみません、話したいことがあります』
『手間かけてすみません、林の方に来て貰えませんか。』
「なにこれ、俺こんなん知らんわ!」
「お前、知らん言うてないで自分のケータイで確認せえよ!」
「あ、丈くん勝手にケータイいじらんといてや!」
藤原に取り上げられたケータイを返してもらい、大橋は自分のケータイを確認した。
たしかに正門とのLINEの履歴にやり取りしたメッセージが残っている。送った時間も犯行時間前で不自然なことはない。
「これでも知らん言うならお前夢遊病でもあるんちゃうか!?証拠があんねんで、これをどう説明しろと!!重要参考人として、容疑者として署に引っ張り出すで!?」
大橋ちょっと来い!!と末澤に引っ張りだされそうになっているところに、林と丈一郎が駆けつけた。
すえ落ち着け、と宥められている。
「絶対こいつが怪しいやん!!こんなLINE送っといて、探偵と依頼人の関係やからって最初に容疑者から外れてんねんで!!逆に考えれば1番怪しいやろ!!」
「すえ落ち着け!!大橋がやったという証拠でもあるんか!?まだないやろ!!!!」
末澤は丈一郎に拘束され、林に諭されようやく大人しくなった。
「よく考えろや、大橋は正門事件の時に佐野とコテージの前で会話しとるし、福本事件の時には俺らと一緒におったやろ…。このLINEやって誰かにケータイ奪われてその誰かに勝手に送られてたって可能性もあるやん…。今大橋がケータイのロック解除するの見てたやろ、奴は指紋認証を使ってる。大橋の指紋さえあれば誰にだってロック解除出来るやろ…」
「え、ってことは…俺って…」
「そうや、おそらく犯人に利用された。正門を呼び出すには呼び出されるだけの理由を作らんといけない。正門が雇った探偵なら、夜中に見張っていることを正門が知っていれば、ノコノコと出ていってしまった可能性やってある…そういうこっちゃ…」
末澤は林に言われた内容に納得し大人しくなった。丈一郎に離せ、と催促すると大橋に謝った。
藤原はもう一度しっかりと資料に目を通した。
メッセージの送信時間は2時20分と26分。犯行時間前で大橋は外で寝てしまっていると思われる時間帯。しかし、この時間に大橋が寝ていないとケータイはくすねられないし正門を呼び出せない。
ということは、犯人は大橋が寝てしまうことを知っていたか予想出来ていた…。
しかし、そんなのどうやって予想するんだと…。
その少しの違和感から、藤原の脳裏にある考えが過ぎった。
寝る前から起きた時まで強かった眠気。
もしかしたら、昨夜どこかのタイミングで睡眠薬を盛られたかもしれない。
大橋達が探偵だと知っていたのなら、夜中に見張りをすることも予想出来たはず。
犯人に何か仕込まれている、そう気づいた藤原は、昨夜の夕食時に使った紙コップ等を調べて欲しい、と警察にお願いした。
刑事の3人は鑑定の要請と福本事件の残りの捜査の為食堂を離れた。
その鑑定結果を待つ間、大橋達は真斗と佐野に正門事件の犯行時刻あたりで何をしていたのか聞き込みをすることにした。
まずは真斗から、個別に聞く為、佐野と香織から少し離れた場所で聞き込みをする。
「起きて外におったけど、2時半には部屋に戻ったで。」
「コテージを出た時間は?」
「オカンの証言通りなら15分頃やな」
真斗はシンプルにそう言う。
「見張りの大橋はどうやった、起きてたか寝とったか、そもそもおった…よな??その時間は大橋の見張りの時間やしな」
「寝とったな。コテージの階段に座って、コーヒーを隣に置いて、気持ちよさそうに寝とったな(笑)」
「おい大橋お前」
「あはは(笑)」
真斗が起きていた時間には他に不審なことはなかったという。
2時半に戻ってきたのだから、犯人と入れ違いなんじゃないか、そう言っていた。
真斗の聞き込みが終わると、佐野も同様、個別に聞き込みをする。
起きてた時に呟いた眠れないツイートが2時20分頃。その10分後にコテージを出て林の方に向かう時に誰かとぶつかった。
「ぶつかったのは確実なんやな。もう疑わへんからその情報は信用すんで。時間的にも2時半やからそいつが犯人やな」
「そうや、誰も信じてくれへん。」
「顔は見てへんのか?」
「顔は見てへん、暗くて分からんかった。でも、その人は靴を履いてへんかったな…」
「靴を履いていない…!?」
「ぶつかったのに無視されたからイラッときて、犯行現場に着く前に引き返したんや。あのまま進んでたら遺体を見つけてたんやろうけど、そんなん気付かへんかった。
そんでコテージの方に戻ろうと引き返して来たら、その犯人らしき人はおらんかったけど、大橋さんがコテージの前で起きとったから声掛けてん。こんなところで何してんすかって。」
そこからは大橋の証言と一致していた。
その時の「今は行かないほうがええと思いますよ」という発言は、その犯人がまだ近くにいるかもしれないから行かない方がいい、という意味で言ったらしい。
「そうや、あと気になってることがあんねんけど」
まさかの佐野の方からの逆質問だ。
なんだと思い構えると、大橋は何時からコテージの前にいたのか気になっているらしい。
交代の時間から離れたりはしていないし、寝てたはず。
そう言うと佐野は顔をしかめておかしいな、と言い出した。
「離れてへんのやろ??俺が最初にコテージの前を通過した時、大橋さんおらんかったで。」
「…え!?」
「誰もおらんかった。戻ってきたら大橋さんがおったから声かけてん。」
あの時起きてたことはこれで全部だ、と話す佐野。
ありがとうとお礼を言うと、大橋達は食堂の隅に移動し情報の整理をしだした。
「おい大橋、お前ほんまに寝てたんやろな。おらんかったってどゆことや、まさかそれこそ夢遊病か??」
「分からん、知らへんもん。夢遊病やったらほんまに何してるか分からんで…」
「せやな…」
大橋の夢遊病説は一旦置いといて情報の整理をする。
大橋は寝ていた。寝ていたところは真斗が目撃している。しかしコテージの前にいなかった時間があった。当然寝ているので大橋本人は覚えていない。
なぜ大橋はいなかったのか、本人が動いた訳ではないとすると、誰かが動かしていたとしか考えられない。
しかしまだ疑問が残る。なぜ大橋を動かしたのか。誰が動かしたのか。
今持っている正門の犯行時間頃の情報が、真斗と佐野の証言とLINEの履歴。その内の動かない証拠と証言として、LINEの履歴と佐野と大橋の遭遇。
藤原はもう一度LINEの履歴を見て、さっきの林の言葉を思い出した。
『このLINEやって誰かにケータイ奪われてその誰かに勝手に送られてたって可能性もあるやん…。今大橋がケータイのロック解除するの見てたやろ、奴は指紋認証を使ってる。大橋の指紋さえあれば誰にだってロック解除出来るやろ…』
『そうや、おそらく犯人に利用された。正門を呼び出すには呼び出されるだけの理由を作らんといけない。正門が雇った探偵なら、夜中に見張っていることを正門が知っていれば、ノコノコと出ていってしまった可能性やってある…そういうこっちゃ…』
「そうや、そういうことか!!」
林の言葉を思い出し藤原が閃いたようだ。
「え、な、何??」
「犯人が何で大橋を利用したか。正門さんを夜中に呼び出しても不審ではない人物、雇われた俺らしかおらんって話や。そんで大橋が利用されたのは、たまたま犯行時間の頃に大橋が見張りやったって話や」
「???」
犯人にとって、大橋達が見張りをすることは予想出来ていたはず。だから犯行時間頃に邪魔をされないように、眠らせる方向に仕向けた。
今鑑定中だが、犯人はおそらく睡眠薬を盛ったはず。
しかし、ある時間は大橋がいると都合が悪かった。だから大橋は一時いなくなっていた。そこを佐野が目撃していたのだ。
なぜ大橋がいると都合が悪いのか。それは正門を呼び出す為だ。
「そうか……。話がある、って呼び出しといてコテージの前に俺がおっても意味無いもんな…。それで林の方へって誘導のメッセージを送って、俺はどこかへ隠された…」
「そういうこっちゃ、正門さんを林の方へ誘導する為に、コテージの前にいるはずの大橋を隠せば、大橋は林の方へ行ったと思うやろ…」
しかしこの場合、探偵と依頼人の関係を知っていないとこんな行動は起こさないはず。
つまり、犯人は大橋達が探偵であることを知っていたのだ。
「え、でも待って…。正門さんが殺されたのって初日の夜中よな…??俺らが探偵やって明かしたのって、警察が来てからの事情聴取の時よな…??」
「そうや。ということは?つまり??」
合宿より前にしか知り得ない。正門をつけていたストーカー魔なら、探偵事務所に行ったことも知ってるはず…
「え、じゃあストーカー…つまり、犯人は…??」
佐野は兵庫在住の高校生。
ということは、普段大阪にいる彼では…!?
「でも佐野も夏休み中やろ、兵庫からわざわざストーカーしに来るのもちょっと不自然やけど」
「じゃあ、奴の夏休み中のアリバイでも聞こうやないか」
「え??」
藤原はそう言って香織の元へ行き、お盆の時の佐野の様子を聞き出した。
「なんでそんなこと聞くん??まあ一緒におったけど。」
「どっちが地元なん??大阪に来たのか、兵庫に行ったのか」
「オトンの実家は兵庫や、日埜家が佐野家にいつも遊びに行くねん」
「そうか、ありがとな」
藤原はまた隅に戻ってきてこれで確定した、と自信に満ち溢れた顔をしていた。
大橋はまだよく分からない顔をしている。
「大橋、正門さんの手帳の内容覚えとるか」
「え?」
「お盆の時もストーカーについての記録がされとった。普段兵庫におる佐野がストーカーしてるなんて考えにくい。これといった証拠はあらへんけど、もうこんなん奴で確定やろ。証拠はこれから探す。靴を履いてなかったくらいや、奴の荷物を調べれば色々出てきそうやな…」