あけまして
おめでとうございます。
*全ての日本国民に読んでほしい、そして語り次ぎましょう*
「マッカーサーの告白」
日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。
日本は何も悪くありません。
日本は自衛戦争をしたのです。
イギリスのチャーチルに頼まれて、
対ドイツ参戦の口実として、
日本を対米戦争に追い込んだのです。
アメリカは日本を戦争に誘い込むためにイジメにイジメぬきました。
そして最後通牒としてハルノートを突き付けました。
中国大陸から出て行けだの、
石油を輸入させないなど、アメリカに何の権利があったというのでしょう。
当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。
白人はよくて日本人は許さなかったのです。
ハルノートのことは、私もアメリカの国民も知りませんでした。
あんな物を突き付けられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。
戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。
我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画を建てました。
アメリカは知っていたのです。
国を弱体化する一番の方法はその国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。
戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。
日本がアジアを白人の植民地から解放しようとしたという本当の理由を隠すため大東亜戦争という名称を禁止し代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。
東京裁判はお芝居だったのです。
アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。
公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学など要職にばら撒きました。
その教え子たちが今マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。
徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。
ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった、
戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。
これらの政策が功を奏し今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。
(※註:1951年の時点で正気に帰ったマッカーサーが、この今に続く問題を憂いている)
私は反省しています。
自虐史観を持つべきは、日本ではなくアメリカなのです。
戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。
最後に私が生きていた時の証言を記して謝罪の言葉としたいと思います。
「私は日本について誤解をしていました。日本の戦争の目的は侵略ではなく自衛のためだったのです。太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国において強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。
日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。
これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だという事を意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることができませんでした。
日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。
もしこれらの原料の供給を絶ちきられたら一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうことを彼らは恐れたのです。
したがって日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」
アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて
1951年5月3日
ダグラス・マッカーサー
「マッカーサーの告白」
日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。
日本は何も悪くありません。
日本は自衛戦争をしたのです。
イギリスのチャーチルに頼まれて、
対ドイツ参戦の口実として、
日本を対米戦争に追い込んだのです。
アメリカは日本を戦争に誘い込むためにイジメにイジメぬきました。
そして最後通牒としてハルノートを突き付けました。
中国大陸から出て行けだの、
石油を輸入させないなど、アメリカに何の権利があったというのでしょう。
当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。
白人はよくて日本人は許さなかったのです。
ハルノートのことは、私もアメリカの国民も知りませんでした。
あんな物を突き付けられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。
戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。
我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画を建てました。
アメリカは知っていたのです。
国を弱体化する一番の方法はその国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。
戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。
日本がアジアを白人の植民地から解放しようとしたという本当の理由を隠すため大東亜戦争という名称を禁止し代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。
東京裁判はお芝居だったのです。
アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。
公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学など要職にばら撒きました。
その教え子たちが今マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。
徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。
ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった、
戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。
これらの政策が功を奏し今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。
(※註:1951年の時点で正気に帰ったマッカーサーが、この今に続く問題を憂いている)
私は反省しています。
自虐史観を持つべきは、日本ではなくアメリカなのです。
戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。
最後に私が生きていた時の証言を記して謝罪の言葉としたいと思います。
「私は日本について誤解をしていました。日本の戦争の目的は侵略ではなく自衛のためだったのです。太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国において強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。
日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。
これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だという事を意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることができませんでした。
日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。
もしこれらの原料の供給を絶ちきられたら一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうことを彼らは恐れたのです。
したがって日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」
アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて
1951年5月3日
ダグラス・マッカーサー
恐れ入りますが
コメントいただいても
勧誘のコメントは削除しております。
悲惨な記事に
嬉しそうなコメントいただいても驚きます。
コメントいただいても
勧誘のコメントは削除しております。
悲惨な記事に
嬉しそうなコメントいただいても驚きます。
以下転載。
この文章は15歳の子が書いたもので、この子はずっとこの世において障害者として扱われてきた子である。そして今、学歴もろくにないまま働こうとしている。自分も含めてのうのうと学生生活を送るほぼすべての若者たちに、この子の爪の垢を煎じて飲ませたいと願う。
ヒーローというものについて
私が想像するヒーローは主人公が悪者を倒すというものだったがアンパンマンの著者の考えるヒーローは飢えている時(空腹のとき)に食べ物を与えてくれるものだと言う。この考え方の大きな違いは生まれてきた時代の変化だと私は思う。戦争を体験し、その時代を生き抜いて来た人、山の中でそうなんした人、地震で者の下敷きになり動けなかった人、そんな人達にしか解らない飢えがある。私には、とうてい解らないだろう。「お腹が空いて死にそう」と言えばすぐにご飯を出してくれる環境で育ってきたためだ。しかしそれは、今の日本では当たり前のことであると思っている。
飢えについて一番面白いと思ったのは「飢えている人と飢えていない人の違いである。100万円と1切れのパン「どちらか好きな方をあげます」と言われたらあなたはどちらを選ぶだろう。私は100万円を選ぶだろう。1切れのパンなら家にあるからだ。では飢えている人はどうだろう。果たして、食べることの出来ない100万円を選ぶだろうか。と考えたら間違いなく1切れのパンを選ぶだろう。このように飢えている人と飢えていない人ではこんなに大きな違いがあるのだ。
次に面白いと思ったことは「好き」と「嫌い」の関係である。「○○ガ好き」とよく耳にするがそれは誰と比べてなのか。そう考えると好きと嫌いには対比関係があると言える。私たちは無意識に人と人とを比べ好き嫌いを判断していたのである。私は一体誰を基準にして判断しているのだろうか。長く儚(はかな)い人生の中で答えを見つけて行きたいと思う。アンパンマンの著者は「ばい菌と人間が闘っているからこそ健康がある」という。
(中略)
一番心に残っている言葉は「仕事を楽しめ」という言葉だ。どんな仕事でも私は楽しむことにしようと思う。アンパンマンの著者が教えてくれたことは正義とはあやふやであり人間は面白いと言うことだ。私はこの世で一番ヒトガ好きだ。ヒトが嫌いだ。でもヒトとのつながりを大事にし今を生きて行きたいと思う。この文章は15歳の子が書いたもので、この子はずっとこの世において障害者として扱われてきた子である。そして今、学歴もろくにないまま働こうとしている。自分も含めてのうのうと学生生活を送るほぼすべての若者たちに、この子の爪の垢を煎じて飲ませたいと願う。
ヒーローというものについて
私が想像するヒーローは主人公が悪者を倒すというものだったがアンパンマンの著者の考えるヒーローは飢えている時(空腹のとき)に食べ物を与えてくれるものだと言う。この考え方の大きな違いは生まれてきた時代の変化だと私は思う。戦争を体験し、その時代を生き抜いて来た人、山の中でそうなんした人、地震で者の下敷きになり動けなかった人、そんな人達にしか解らない飢えがある。私には、とうてい解らないだろう。「お腹が空いて死にそう」と言えばすぐにご飯を出してくれる環境で育ってきたためだ。しかしそれは、今の日本では当たり前のことであると思っている。
飢えについて一番面白いと思ったのは「飢えている人と飢えていない人の違いである。100万円と1切れのパン「どちらか好きな方をあげます」と言われたらあなたはどちらを選ぶだろう。私は100万円を選ぶだろう。1切れのパンなら家にあるからだ。では飢えている人はどうだろう。果たして、食べることの出来ない100万円を選ぶだろうか。と考えたら間違いなく1切れのパンを選ぶだろう。このように飢えている人と飢えていない人ではこんなに大きな違いがあるのだ。
次に面白いと思ったことは「好き」と「嫌い」の関係である。「○○ガ好き」とよく耳にするがそれは誰と比べてなのか。そう考えると好きと嫌いには対比関係があると言える。私たちは無意識に人と人とを比べ好き嫌いを判断していたのである。私は一体誰を基準にして判断しているのだろうか。長く儚(はかな)い人生の中で答えを見つけて行きたいと思う。アンパンマンの著者は「ばい菌と人間が闘っているからこそ健康がある」という。
(中略)
一番心に残っている言葉は「仕事を楽しめ」という言葉だ。どんな仕事でも私は楽しむことにしようと思う。アンパンマンの著者が教えてくれたことは正義とはあやふやであり人間は面白いと言うことだ。私はこの世で一番ヒトガ好きだ。ヒトが嫌いだ。でもヒトとのつながりを大事にし今を生きて行きたいと思う。
この文章は15歳の子が書いたもので、この子はずっとこの世において障害者として扱われてきた子である。そして今、学歴もろくにないまま働こうとしている。自分も含めてのうのうと学生生活を送るほぼすべての若者たちに、この子の爪の垢を煎じて飲ませたいと願う。
ヒーローというものについて
私が想像するヒーローは主人公が悪者を倒すというものだったがアンパンマンの著者の考えるヒーローは飢えている時(空腹のとき)に食べ物を与えてくれるものだと言う。この考え方の大きな違いは生まれてきた時代の変化だと私は思う。戦争を体験し、その時代を生き抜いて来た人、山の中でそうなんした人、地震で者の下敷きになり動けなかった人、そんな人達にしか解らない飢えがある。私には、とうてい解らないだろう。「お腹が空いて死にそう」と言えばすぐにご飯を出してくれる環境で育ってきたためだ。しかしそれは、今の日本では当たり前のことであると思っている。
飢えについて一番面白いと思ったのは「飢えている人と飢えていない人の違いである。100万円と1切れのパン「どちらか好きな方をあげます」と言われたらあなたはどちらを選ぶだろう。私は100万円を選ぶだろう。1切れのパンなら家にあるからだ。では飢えている人はどうだろう。果たして、食べることの出来ない100万円を選ぶだろうか。と考えたら間違いなく1切れのパンを選ぶだろう。このように飢えている人と飢えていない人ではこんなに大きな違いがあるのだ。
次に面白いと思ったことは「好き」と「嫌い」の関係である。「○○ガ好き」とよく耳にするがそれは誰と比べてなのか。そう考えると好きと嫌いには対比関係があると言える。私たちは無意識に人と人とを比べ好き嫌いを判断していたのである。私は一体誰を基準にして判断しているのだろうか。長く儚(はかな)い人生の中で答えを見つけて行きたいと思う。アンパンマンの著者は「ばい菌と人間が闘っているからこそ健康がある」という。
(中略)
一番心に残っている言葉は「仕事を楽しめ」という言葉だ。どんな仕事でも私は楽しむことにしようと思う。アンパンマンの著者が教えてくれたことは正義とはあやふやであり人間は面白いと言うことだ。私はこの世で一番ヒトガ好きだ。ヒトが嫌いだ。でもヒトとのつながりを大事にし今を生きて行きたいと思う。この文章は15歳の子が書いたもので、この子はずっとこの世において障害者として扱われてきた子である。そして今、学歴もろくにないまま働こうとしている。自分も含めてのうのうと学生生活を送るほぼすべての若者たちに、この子の爪の垢を煎じて飲ませたいと願う。
ヒーローというものについて
私が想像するヒーローは主人公が悪者を倒すというものだったがアンパンマンの著者の考えるヒーローは飢えている時(空腹のとき)に食べ物を与えてくれるものだと言う。この考え方の大きな違いは生まれてきた時代の変化だと私は思う。戦争を体験し、その時代を生き抜いて来た人、山の中でそうなんした人、地震で者の下敷きになり動けなかった人、そんな人達にしか解らない飢えがある。私には、とうてい解らないだろう。「お腹が空いて死にそう」と言えばすぐにご飯を出してくれる環境で育ってきたためだ。しかしそれは、今の日本では当たり前のことであると思っている。
飢えについて一番面白いと思ったのは「飢えている人と飢えていない人の違いである。100万円と1切れのパン「どちらか好きな方をあげます」と言われたらあなたはどちらを選ぶだろう。私は100万円を選ぶだろう。1切れのパンなら家にあるからだ。では飢えている人はどうだろう。果たして、食べることの出来ない100万円を選ぶだろうか。と考えたら間違いなく1切れのパンを選ぶだろう。このように飢えている人と飢えていない人ではこんなに大きな違いがあるのだ。
次に面白いと思ったことは「好き」と「嫌い」の関係である。「○○ガ好き」とよく耳にするがそれは誰と比べてなのか。そう考えると好きと嫌いには対比関係があると言える。私たちは無意識に人と人とを比べ好き嫌いを判断していたのである。私は一体誰を基準にして判断しているのだろうか。長く儚(はかな)い人生の中で答えを見つけて行きたいと思う。アンパンマンの著者は「ばい菌と人間が闘っているからこそ健康がある」という。
(中略)
一番心に残っている言葉は「仕事を楽しめ」という言葉だ。どんな仕事でも私は楽しむことにしようと思う。アンパンマンの著者が教えてくれたことは正義とはあやふやであり人間は面白いと言うことだ。私はこの世で一番ヒトガ好きだ。ヒトが嫌いだ。でもヒトとのつながりを大事にし今を生きて行きたいと思う。


