死産後の入院生活の中で激しく揺さぶられる感情との戦いと医師に告げられたことについてお話したいと思います。
2022年1月12日 入院2日目(出産翌日)
そうだ私は病院にいるんだ もうお腹の赤ちゃんはいないんだと思い
お腹をさすりながら涙が溢れてきました。
お腹の膨らみがまだ残り 出産前と体型が変わっていない自分に、
やだ!これだと周りの人がみた時、妊娠してると思われる。妊娠何ヶ月?なんて聞かれたくない!
ふとそんな気持ちが込み上げてきました。
夫くんは私のことを心配していましたが、仕事のため病院を朝早く後にしました。
この日から一人きりの時間が始まりました。
何もない部屋 まわりに誰がいるかもわからないぐらい静かでしたが、
オギャー オギャーという赤ちゃんの泣き声が遠くの方から時折聞こえてきました。
娘の産声を聞くことができない私にとって、赤ちゃんの泣き声を聞くのはとても悲しかったですが、同時にその声が本当に天使のように美しく聞こえました。
きっとあの子は元気に生まれてきたんだ 本当によかった
素直にそう思いました。
やることも何もなく、体には色々と装着されていて、体にはだるさも残りまだ動けません。
動く気さえおこりません。
天井を見ながら考えることは娘のことだけ。
しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえ、白衣を着た人たちが入ってきました。
手術前からコンタクトレンズをつけていなかったため、相変わらず誰が部屋にいるのか分かっていません。
どうやら昨日手術をしてくれたドクターチームが私の様子を診に来てくれたようでした。
体調はどうかと聞かれ、
私は、「体調は大丈夫だけど、気持ちがついていけない」と話しました。
先生は当然のことながら理解してくれていて
ゆっくりと話を聞いてくれました。
必要ならカウンセラーの手配もするとおっしゃってくれました。
妊娠中大変だった話をすると、それらすべての症状は子癇前症だと言われました。
妊娠高血圧症候群になって血圧が高くなっても、何の症状もない妊婦さんたちも大勢います。
みんながみんな同じ状況になるわけではありません。だからこそ、妊娠は十人十色と言われるのかもしれません。
そして、しっかり管理してもらえれば、私のような事態を防ぐこともできるでしょう。
私は、早発型で高血圧になるのが早すぎました。
最も重症化した妊娠高血圧腎症にかかっていたことが分かりました。
実は20週以前の16週の血圧検査でも既に130を超えていたことから
多重型妊娠高血圧腎症だったのかもしれません。
それでも、妊娠前の普段の血圧は、平常値でした。
繰り返しますが、私よりも早く妊娠18週から妊娠高血圧症候群と認定された人でも、母子ともに厳重な管理下に置かれ、無事に出産できている妊婦さんもいます。
ですので、同じ状況にいる人がいても、不安にならないでください。
なぜ、妊娠中に突然このような高血圧になってしまうのか、
要因として、高齢妊娠、体外受精、多児、高血圧の家系など色々挙げられていますが、
その確固とした原因は今も解明されていません。
ですが、早い段階から気づいていてれば、高血圧を予防するための対策があることも分かりました。
この日、医師からは、私の血圧がまだ高いことから、「今日も退院できない。今晩もこのまま入院するように」と言われました。
私は、もう一つ気になっていたことがあったので先生方に尋ねました。
入院中、特に夜間の血圧が高く、これは妊娠中も同様であったため、
「もしかしてあのまま放置された状態だったら、私は死ぬ可能性はあったの?」と、尋ねると
即答で医師達は、「YES」と答えました。
私はゾッとしました。
まさか本当にそんなことがあるなんて。
今この時代にも。
妊娠出産は命懸けとは分かってはいましたが、分かっていなかったのかもしれません。
事実として、亡くなっている妊婦さんが存在することは分かっていましたが、自分には当てはまらないとずっと思ってきました。
私の場合、特に夜間の血圧が高かったため、寝ている間に脳梗塞や脳出血を起こす可能性があったようです。
脳も浮腫むことがあると告げられ・・・
死産宣告を受けたあの日最後に私が感じた頭の違和感は・・・。
それらに対処するためにも、私はハイリスク妊婦専門医の下で、24時間体制の管理入院が必要でした。
万全の体制で母子ともにモニターして双方を助けるために厳重に管理し、医師たちは最後のギリギリまで最善をつくしてくれるのです。
日本でもアメリカでもどこの国でもそれは同じでした。
もし今大変な思いをしている妊婦さんがいたら、
もしこれを読んでいるあなたが少しでもリスクのある妊婦さんだったら、
もしハイリスクの赤ちゃんを抱えている妊婦さんだったら、
もし先生に「管理入院が必要」と言われたら、
迷うことなく管理入院してください。
管理入院なんて嫌だなと言っている妊婦さんの記事を見かけたこともありますが、
私は、できものなら管理入院したかった。本当にしたかったです。
例え、結果が変わらなかったとしても、最善をつくして、娘を守りたかった。
それができずに、本当に苦しいです。
日本は世界一の周産期医療を誇る国です。
医師たちに委ねて、大切な赤ちゃんとママ自身の命を守れる一番安全な場所がそこにあります。
日本ではこんな過ちはないと思いますが、決して私のような一般産婦人科医に任せることのないように。
私は自分自身もとても危険な状態であったことを認識すると同時に
どうしてどうして主治医のY先生は私に入院の話を一言もしてこなかったのだろう
どうして仕事をもう休みなさいといってくれなかったんだろうと
私が死ぬ可能性もあったとは思わなかったのだろうかと
何度も心の中でY先生に問いました。
腎障害と肝障害も発症しており、あのまま放っておけばHELLP症候群という恐ろしい病態にまで発展していた可能性もあり、
私は生涯に渡り後遺症の残る取り返しのつかない状態になっていた可能性もありました。
そんな危険な状態も、娘を産むと同時に、数値は少しづつ平常へと戻っていきました。
妊娠高血圧症候群の唯一の治療法は「妊娠の終了または出産」であり、まさにそれをものがたっています。
こんなに辛い状況でもたった一つのの楽しみは食事の時間でした。
おなかは空かないけど、何か楽しみを見つけなくてはと病院食にすべをかけていました。
あのファミレスメニューです。
アラカルトから選び、サイドオーダーやデザートまでそれぞれ選ぶと病室から電話をして注文しました。
所詮病院食なので、絶賛するような味ではないですが、選ぶ時間、この味どんな味だろうと想像するその一瞬だけは、娘のことを頭から離すことができました。
血圧がまだ下がらないから、もう1泊しないといけないと夫くんに連絡すると心配していましたが、24時間体制でナースや先生にみてもらえていることで夫くんも安心していたと思います。
↓
病院食の写真