新国劇「国定忠治」DVDを観て
1980年読売ホールで上演された極付 国定忠治を観た。85分 国定忠治は辰巳柳太
郎。二本柱のもう一人島田正吾は川田屋惣次。人気者緒形拳は山形屋藤造を演じている。
圧巻は第二幕で忠治と藤造の絡みで、悪金貸しで十手持ち山形屋藤造の所に、人助けで
乗り込んできたのが忠治、そのやり取りである。実際の国定忠治は人も殺したし、人助け
もした県下ではヒーローのような、ヒールのようなどっちつかずの無宿人だが、伊勢崎は
20年前合併によって東村が加わったが生地国定村では今でもヒーローである。川の氾濫
多い土地に堤防を作って貢献したり、弱者救済に尽力している。上州はギャンブルの町でも
あったから賭場でもめ事も多かった。幕府直轄地の為か、ケッコー犯罪がまかり通っていた。
上州ではもう一人のヒーロー幕閣小栗上野之介が来年NHK大河ドラマの主役になるが
どの土地でもおらが偉人をNHK大河ドラマに乗せようと推進運動をしている。国定忠治と
て論外ではない。合併直後には役所を中心にして活動があった。しかし何といっても
無宿人のやくざである。アンチ忠治の市長が当選すると速やかに忠治研究の援助費用は
なくなった。———忠治は晩年中風になると岡っ引きに簡単にお縄頂戴になった。
画像>DVDカバー
DVD第一幕では有名な赤城天神山でのシーン。代官殺しで赤城山に立てこもった
忠治が子分たちを集めて解散する名セリフ。「赤城の山も今宵限り 生まれ故郷の国定
の村や縄張りを捨て、故郷を捨て可愛い子分のてめぇ達とも別れ別れになる門出だ」
私達は昔この名セリフを江戸むらさきのCM 三木のり平の漫画で知っている。
忠治は捕らえられて1850年、大戸の関所にて磔刑にあった。その後さらし首にされたが
愛妾のお徳が気の毒に思い、子分に持ち帰らせて菩提寺・養寿寺の二階に隠したと言われる。
明治15年忠治の33回忌の時,墓を建立したが博打好きがご利益にあやかろうと、墓石を
削って持ち去るので、以後お寺では柵をこさえて触れないように防御した。
画像>柵で囲まれた墓石
画像>隣にある大きな墓、長岡とある、中農の長男坊であった。
新国劇の「国定忠治」は群馬にも巡業に来たようである。私の家のそばの平安旅館が常宿で
緒形拳を見かけたことがある。サインの色紙もある。でもその頃は辰巳柳太郎、島田正吾は
去り、緒形拳しかいなかった。国定忠治の名もすたれて、王将の坂田三吉あたりを上演して
いたように思う。もう国定忠治を舞台で見る機会はないであろう。養寿寺に忠治遺品館があ
るが、そこには忠治と刻印された拳銃が展示されていて、不気味な光を放っている。
東映時代劇
<参考文献:国定忠治探訪ノート 発行伊勢崎市>




