『盲人史、鍼灸史』を読んで
現在映画「ラストマン」上映に付き、テレビで数年前上映のラストマンを放映していた。
勿論見た。この前終わった大河ドラマ「べらぼう」には鳥井検校と言う盲目の金貸しが
出ていて、瀬川と言う遊女を千両で見受けした。江戸時代検校はリッチマンだったのである。
ひと昔前まで琵琶法師や演奏を業務として生きていた彼らが幕府の補助もあり、ケッコー
いい場所や生活を保証されていた時代があった。その身分を作り上げた杉山検校は
(1610年~1694年)
江戸初期に盲人で生業として針灸を始めて、全国の盲人たちに広めた。盲人にも
身分制度があり、検校、別当、勾当、座頭・・・・、勝新太郎座頭市は「裏街道を歩く
渡世人」なんて言っていたが、徳川綱吉の時代、盲人は中々の御身分であった。
検校の中には高利貸しもいて、取り立ても厳しく、余り度が過ぎるので捕えてみると
先程の鳥井検校のように、没収された家財は有り金十万両、貸金十万両、所持の町屋敷
一カ所、同時に処刑された日本橋数寄屋橋町の名護屋検校も家財没収の他に
金200両、貸金10万3千両、古貸金5000両余り、町屋敷12か所、・・・
幕府が盲人を保護すると相当の貧富の差を生んだ。今日本ではどっちかと言うと
東洋医学より薬や手術の西洋医学の方が健康面で信用を得ているようだが、
江戸時代初期は針や灸、薬草や按摩等の東洋医学の方が活用されていた。
今知り合いが坐骨神経痛で悩んでいるが、これが薬や問診では治らない。患部を
針灸で刺激すると西洋医学より痛みが違う。健康で医療を使うにはこの併用が
時と場合によって使い分けることが必要。西洋医学だけの盲信は的外れと言うことである。
私が今度読みかけてる「日本盲人生業史——杉山検校伝 公益財団法人
杉山検校遺徳顕彰会学術委員会 発行 創立100周年記念事業 凄い書物が
あるもんだと手に取った。在住する伊勢崎の川向う(利根川)本庄児玉には塙保己一がいて
群書類従等々発行して幕府に貢献しているが、手厚い保護の下ハンディを感じさせない
偉業を完成させて、同じハンディある人達のお手本になっている。因みに私の親父は
偶然乗り合わせた汽車に来日したヘレンケラーがいて、握手したと自慢していた。
日米偉大な盲人の話をしてじっと眼を瞑る。
画像>

