ソフトボール監督 宇津木妙子講演

 

講演の前に宇津木さんの歴史をまとめた20分位のVTRが流れた。特技と言われる

 

超高速ノックの嵐を各選手に浴びせていた。フィルムは2年前、58歳の時とあったので

 

現在は還暦である。然し体つきは毎日ストレッチや腹筋を欠かさずやっていると言うこと

 

で、ぜい肉は何処の部分にもまとっていない。口は達者でこの口調で今も選手に

 

ノックし続け威勢をつけていると思われた。然し今は昔と違ってコンプライアンス

 

の問題で強く選手を鼓舞・𠮟咤できないので、少々やりにくいとも言っていた。長年の

 

ソフトボールの指導で両膝はガタガタ、治療にも行けず、そのままの体で今も猛ノック

 

を続けている由。是非私のノックを見て欲しいと壇上で語った。宇津木さんのことを

 

知ったのはまだ無名だった女子ソフトボールを2000年シドニーオリンピックで

 

銀メダルに導いた時からだった。凄いゲームであと一歩と言う所で金を逃した。

 

そのリベンジが養女麗華監督に寄って2008年北京オリンピック。上野投手の活躍で

 

金に輝いた。宇津木さんはその時、テレビ解説者だったが応援者になっていて「よし!」

 

とか「やったー!」とか叫んで、解説者を逸脱していて視聴者から沢山クレームが来たと言

 

っていた。私もこの時リアルタイムで聞いていてこの人、大丈夫かいな?と少々笑った。

 

選手もそんな元監督の性格を熟知していて、表彰台から宇津木さんに向かって「やったぜ!」

 

手振りで示した。宇津木さんはその時の気持ちを「どんな風だったと思います?」

 

観客は誰一人答えなかったので、前席に座っている主催の教育長に尋ね、やがてポツリと

 

言った。「悔しい!メダルが欲しい」だった。宇津木さんが現役の頃、とてもソフトボール

 

等マイナー競技でオリンピック種目になるなどとても思えないことだった。

 

宇津木さんは中学生からソフトボールを始め、ユニチカで15年現役を張り、監督として

 

日立高崎に招かれた。鬼の宇津木として泣く子も黙る猛ノックを誕生させた。兎に角

 

女子ソフトボールをメジャーなスポーツに格上げさせたい一心だった。

 





画像>パンフ

 





画像>上野投手のピッチング、多分北京オリンピック前後の練習試合の時と思われる。

友人が撮ってプレゼントしてくれた。

 

この講演後、WBCの仕事で今夜タイへ飛び立つと言う。ソフトボールを世界的に

 

広めて毎回オリンピック種目にさせようと言う使命一心である。ソフトボールは

 

野球もそうだがヨーロッパやアフリカでは競技人口が少ないので、開催国によっては

 

オリンピック種目にならない。2028年ロスアンゼルスでは競技種目になるが

 

今回のパリ大会のようにヨーロッパで開催された場合、野球と同じで出場できない。

宇津木さんはこれを毎回オリンピック競技種目になるよう、世界を渡り歩いて

 

ソフトボールの普及と指導に明け暮れている。老いて全身傷だらけでソフトボール一筋に

 

取り組んでいる。こういう方が日本にいることは誇らしいことである。

 

 

 

 

 

動画>