『蔦重と浮世絵版画の歴史』講演
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NHK大河ドラマの「べらぼう」もそろそろ佳境に入ってきますが、相変わらず
大河ドラマはフィクションが多いと江原幸太郎講師の話を聞いてきた。内容は浮世絵って
何?(実は憂世)と言う話から描かれた上州伊勢崎ゆかりの近世郷土画家まで120分
話してくださった。上州では有名な近世画家と言えば金井烏州と礒部草丘しか知らなか
ったが、伊勢崎藩7代藩主忠恒と言う人物も茶や俳句を嗜み、文人画を描いていたことを
教わった。大河ドラマ「べらぼう」でも太平な世の中、生活に窮する武士が名前を変えて
文筆する姿が描かれているが、その人数はペンネームで隠されて総数は分からないが
ケッコーいたように思われる。ペンは剣より強し!の時代に向かっていたのかな?
江戸時代版画にはどんなものがあったかと言えば美人画、役者絵、武者絵、物語絵、戯画、版画以外に
も肉筆画もあり、大河ドラマで見るように版元は繁盛していた。職人は分業化しており
絵師、作家、彫師、摺師がいて板は山櫻が一番だったと言う。今日見た大河ドラマでは
蔦重が猥本を出版してお咎めを受けた。前にも権力者を古馬鹿にしてイエローカードが
出されていた。実際の刑罰として爪の間に針を刺すと言うのがあると言うのを聞いていた
まさかそこまでやるのは放映に相応しくないので、それはなかった。頂いたレジメには
蔦重の年表として1791年財産の半分を没収とある。ドラマも満更フィクションでもな
い。以後は1793年喜多川歌麿美人画発売、松平定信老中退任(寛政の改革の終わり?)
翌1794年には東洲斎写楽の美人絵が140点余り発売されている。どういう謎の絵師
として描くか見ものである。
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矢張り今回の講演で一番関心があったのは上州を題材にした作品群の話。中山道の宿場町
(木曾海道69次として新町、倉賀野、高崎、板鼻、坂本)など広重は多く描いていた。
当時で言えば観光ガイドみたいなもの。江戸庶民もお参りや名所巡りで一斉に旅を始めた。
それまでの江戸っ子の愉しみは歌舞伎、人形浄瑠璃、相撲であった。
然し風景浮世絵は必ずしも写実的なものではなく、上毛三山等もディフォルメされて屹立して
いる。当時の絵師は多忙で地方まで行って描くほど、時間の余裕はなかったようである。
構図が第一で素晴らしく綺麗に描かれている。今回の講演で教わったことは浮世絵で
細かく描かれた江戸庶民の所作を想像する楽しみである。個々の庶民が何を観て、何を考え
空想してみる楽しみ方である。一枚に沢山の庶民が描かれている浮世絵が多いが、
その人たちの目線や情景で喜怒哀楽、何を考えていたか連想するのもこれまた、楽しと言う
もんである。


