西田敏行著:役者人生泣き笑い を読んで

 

第一章     映画が僕の学校だった から第15章 取り戻したい故郷福島

 

 

までを語るように綴った自伝である。第5章 モロに地を出して大ブレーク

 

 

を読んだまでの感想を述べたい。世代が近く、学生運動たけなわの同時期、

 

 

上京していたので何かと日々状況が懐かしく読める。西田敏行は中学を卒業すると役者を目指して明大中野高校へ進む。そこから

 

 

明大に入るが、何かと

 

新劇等の仕事が忙しく、また訛りのコンプレックスから学校へ行かなくなり、除籍の憂き目にあう。そんな西田敏行が役者として

 

 

注目されたのは、青年座にいた時主役を張った「写楽考」だった。写楽の実人生は謎に包まれ、様々な説があって、どんな浮世絵

 

 

師であったか出自不明である。実像が分からない。言わば

 

虚像を演じると強味の西田敏行が新人ながら独壇場であった。多くの新劇評論家の高い評価を得て行った。興業はロングランとな

 

 

り、つぶれかかった青年座の屋台骨を支えた。もう役者としての順調な歯車は動き出し、次々と仕事のオファが来る。そんな中西

 

 

田敏行が役者としての地位を確実にした作品が舞い込む。

 

「池中玄太80㎏」脚本家から「地」のままで結構と言われた主人公は

 

自由奔放に縦横無尽に演じることができた。個性豊かにユーモアあり、ペーソスあり16話で終わるわけだったが、22話まで行

 

 

きpartⅡ。partⅢまで製作された。私はこの頃このドラマをチラッ、チラッとダイヤルを回すたびに見ていて

 

 

(まだリモコンでなかったと思う)45分間ずっと見たことはない。妻子はずっと見ていたようだ。やがて西田敏行は大河ドラマ

 

 

出演へと続く。「北の家族」

 

よく多くの俳優陣は西田敏行のことをアドリブの天才と言っているが、もともとはそういう役者ではなかった。多くの役者たちと

 

 

同じ脚本を忠実に話す役者だったが、森繁久彌が出演する「三男三女婿一匹」に森繫に名指しでお呼びがかかり、芝居で絡むと森

 

 

繁のアドリブ洗礼を受けた。森繁はリハーサルと違うセリフを本番の時語って、役者の実力を審査する大御所だった。戸惑った西

 

 

田敏行ではあったがどうにかクリア、演出家等の株を上げていった。ついに芝居に機転の利く役者がクローズアップされていく。

 

 

アドリブの早業がこうして磨かれていった。今日はここまで――――――。と言うよりこれから「第6章 愛妻プラス子煩悩と言

 

 

う生き方」「第7章 悪友は良友だべ」・・・・・と読んでいくので

 

 

何も書くものがない場合partⅡを書く積りです。あしからず・・・・・・。

 



画像>みちこさん役は石田えりがサイコーだったが、途中降板で残念であった。

 

 

 

画像>フーテンの寅と並び最高傑作である。