『笑点』の林家たい平講演

 





 

伊勢崎市の合併20周年を記念して境町文化センターで林家たい平の講演があった。平日の夜講演だが、ハガキ応募が1400通

 

 

あり、2倍強の中我々夫婦は当たった。たい平師匠の笑の中にはケッコー噺家が出てくる。歌丸師匠、円楽師匠(二人)、こん平

 

 

師匠・・・。たい平師匠に言わせると人は二度死ぬ。

 

一度目は命がなくなる、二度目は名前が忘れ去られる。だから忘れられないように故人の名前を出して皆に思い出して欲しいんだ

 

 

とか。御年60歳になるたい平師匠の笑はケッコー人間の生き死に関わる噺が多い。やれ昇天したこれ葬式だ。命日に臨終、所謂

 

 

ブラックユーモア。けど明るいキャラで笑顔で言われると頬が緩んで笑ってしまう。得な性格をしている。出演している「笑点」

 

 

も20年前たい平が加わった時は一番若手だったが、今や好楽、小遊三に次ぐお年になった。この前笑点メンバー晴之助がたい平

 

 

をリーダーと呼んだくらいだから

 

笑点では完全にメンバーの取りまとめ役になった。笑いは相変わらず大爆笑で90分飽きさせなかった。————歌丸師匠と善光

 

 

寺方面に落語会に行った時、帰りのタクシーは周りの人だかりが凄かった。タクシー運転手は軽く警笛を鳴らせばいい物を葬式の

 

 

時のような長い警笛を流し続けた。皆大笑いした。????霊柩車じゃないんだから・・・・・。

 

 

ハワイに行った時ウクレレサンドを食した。??パンが固くてボロボロ服の上に落ちた。手で振り落とすのがまるでウクレレを弾

 

 

くようにふるい落とすものだから、ウクレレサンドと命名した。三平師匠の家には6年住み込みしてお手伝いをした。こん平師匠

 

 

に弟子入りしたが、空いてる部屋が無かった。近くのアパートに入ろうとしたが、貯金がなかった。美大を卒業して落語家になる

 

 

と言ったらテーラーを営む父親が勘当だと言って仕送りが止まった。三平師匠の流儀では両親が一緒に挨拶に来ないと住まわせな

 

 

いのがルールだった。その時無口な父親が大声で「息子を宜しくお願いします」風なことを言ったのが印象深く泣きそうになった

 

 

と言う。反対していたと思った父親は逆に応援してくれた。よく芸能人の親にある話し。柳家小さんの話ではたい平が修行時代、

 

 

お茶の入れ方が旨いと褒められて、可愛がってもらった。色紙に書いて欲しいと言ったら「芸は人なり」と書いてくれた。芸人で

 

 

ある前にしっかりした人であることが大事であると諭してくれたと言う。最後の方に来ていよいよオチに来た。この前水戸のホテ

 

 

ルに泊まってトイレに入ったら貼紙にこう書かれていた。「備え付けの紙以外流さないでください」へぇ?出した〇〇〇流せない

 

 

の?場内大爆笑、隣の相方大喜び、なんでぇ~下ネタかい。小遊三が言いそうなネタだった。あと20分は本職の落語を一席。タ

 

 

イトルは知らないが縁日に連れて行った子供があれ買え、これ買え小うるさい。子供を演じるたい平の顔が私の席はかなり遠いん

 

 

だが、熱演ぶりが窺える。笑点ではそんなに面白いことを言っていると思えないたい平でも本職となると中々見応えある熱演ぶり

 

 

だったので、流石還暦!と声を掛けたくなるくらい立派な落語であった。最後にたい平18番秩父の花火風大連発で幕を閉じた。

 

 

いや~面白かった、タイトル通り笑いは人生に必須である。

 



 

画像>花束を受け取るたい平師匠。