『手榴弾が爆発!』
朝届いた読売新聞を見ていたら「手榴弾破片 隊員死亡」と言う記事があった。事故は昨日の朝起きていて、すでに当日テレビや
ネットで報道していた。ドローンやロボット戦闘の昨今、何を今更古臭いゲリラ戦法の手榴弾訓練かい、とは思うけど銃の玉切れ
やケースバイケースで使途があるのだろう。戦闘全般の訓練は必須かと思われる。手榴弾は金属の塊だから
ケッコー重く30m投げるのがせいぜいかもしれない。投げれば当然爆発破片が四方八方に飛び散り、投げた本人の方へも飛んで
くるから、戦争映画でよく観られるように、身を沈め、鉄兜を深くかぶり直すのが通例である。この事故は訓練指導員の隊員が首
に破片を浴びて死亡したという。例え投げた隊員に投擲力がなく30mが程遠く、10m位しか投げられなかったにしても、防壁
で身を隠さず事故は起きた。30m投げればOm 地点には破片は飛んでこなかったかのかも知れないが、不幸な事故と言える。安
全を怠った人災害である。
画像>今の手榴弾はどういうものか知らないが、上記は戦前の物である。
何故、今回手榴弾のことをタネにしたかと言えば、昨日奥方と次にメルカリやジモティに断捨離販売する品々についてアレコレ語
っていた。終活の為の出品物は意外に売れていて、
これから何を出品していくかランチしながら検討した。奥方は「私が作ったビーズネックレスやサコッシュはどう?手製の柚子胡
椒もいいんじゃない?」
私「・・・・・・。」始めて3か月メルカリやジモテイの売れ行きが好調なので、売っている本人よりも傍で見ている奥方の方が
何でも売れると錯覚しているようだ。突然
『物置の焼酎の甕はどうすんの?』それを言われてそう言えば××館長に貰った戦前作られた陶器の手榴弾のことが思い浮かん
だ。🔦3つあるけど、よくネットで販売されていた。
金属と同型の殺人兵器である。「物置に入っているでかい寸胴鍋、もう使わないから売ってしまおうか?」昔々月に何度か手製の
ラーメンを作る為、同僚に無償で譲って貰ったものである。麺からスープ、チャーシューからメンマの味付け、一切合切作った時
期があった。まだラーメン屋がそう美味しくないラーメンを着丼していた時代である。これには答えないで、甕と自分の出品物を
考えているようだった。陶製手榴弾とは5~6年前にもブログに書いたが(Yahoo!)金属が乏しくなった戦争末期、国土決戦に
備え軍部が全国の窯元に陶製手榴弾製作を命令した。然し敗戦に終わり、弾薬を詰める前の陶製手榴弾を処分せざるを得なくなっ
た。軍部はそれら膨大な陶製手榴弾を割って川底に沈める命令を下した。
それは川越の治世橋付近である。それが近年川の氾濫等で埋められていた、その戦争の遺物が亡霊のように川底から浮かび上がっ
てきた。丸いがゆえにまるでシャレコウベのように
河畔に散乱しているという。これを拾ってきて、一時ネットオークションに販売されていたという。××館長はネット販売目的で
なく興味本位で採取に行き、殆どが割れている物品の中で幾つか本体丸々のものを持ち帰った。下記が私が頂いた3つの手榴弾で
ある。
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確かに花を一輪挿ししたら映える花瓶にも似て造形は素晴らしい。もう一つ奥方が言った焼酎の甕とは花三笠のことである。戦中
三笠家のGHQからの身を案じ、邑楽の山奥で焼酎でも作らせ、余生を送らせようと地元民が苦策した。戦後当初は売れに売れた
が、やがて雑菌が混入して製造はストップ。三笠家もGHQから身の安全を保障されたので宮廷へ戻り、現在に至る。あの当時皇
族は戦争責任を問われる立場にあった。膨大な空っぽな甕はその場に置き去りにされた。今雑木林の中にそのまま放置されてい
る。それを夫婦で場所の特定を出し、やっと見つけて2つだけ拾ってきた。ケッコー重かった。その一つを陶製手榴弾のお返しに
✖✖館長に上げた。意外に少ない物だろうと思ったが、近隣家屋の水場にはその甕が幾つも転がっていたし、人里離れた山奥でも
「花三笠」の甕を見かけた。あなたはこれを見かけたことがありますか?
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