清少納言作:枕草紙 現代訳 いとをかし

 

 

大河ドラマで紫式部をやっていて1/20にその人なりをUPした。すれば当時のライバル清少納言のことを書かねばなるまい。

 

 

余りに世界初の女性随筆家のことを知らなすぎるので超訳?現代訳を読んでみた。昔からエッセイ読むなら女流作家の

 

 

方が面白いと思っている私でも、狭い宮中に限られた、それも中宮定子に仕えたヨイショエッセイなど

 

 

面白いはずはないと思っていたが、中々どうして自己の自慢話や定子への気兼ねなど、当時の宮仕えの苦労が偲ばれて

 

 

それなりに面白く読めた。内容を幾つか拾ってアップすると:

 

 

そもそもタイトルが「枕草紙」となったのは何故か?天皇が中国の「史記」をなぞっていく、同じように紙を献上された

 

 

中宮は当時漢文は苦手であった。そこで紙を女房の清少納言に与えて何か書けと言う。清少納言は文才があるから

 

 

すぐ閃いてならば枕詞、あちらが「史記」ならこちらも四季・季語で「春はあけぼの」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬は雪」

 

 

と書き出し第一段が出来上がり「枕草紙」とした。これが宮中で中々受けが良かったので続けて書き進んだ。

 

 

自然や宮中の人たちの人物像や出来事を綴っていった。書き手は女性だから時に手厳しい。———妻の親に褒められることのない

 

 

婿さん。主人の悪口を言う召使、欠点のない男はいない、女の友情は一時あっても長くは続かない等々【75段】

 

 

ある日藤原公任から連歌下の句7.7が届いた。上の5,7,5を書いて、使いの者に渡せと言う。いわば和歌テスト

 

 

みたいなもの。清少納言の父親は梨壺の5人の一人と言われ、和歌の名人で編集に携わるメンバーでもある。

 

 

女性なのに漢詩も読める、和歌など即興でスラスラ書ける、その実力は如何ほどか?試しに来たようである。

 

 

清少納言は公任以外にもうるさ型の男たちがいると使いの者に聞いて、恥ずかしくないだけの上の句を渡して

 

 

評価を待った。そしたら上出来であったようで皆の評判になったという自慢話である。【106段】

 

 

清少納言は結婚は2度して子供もいるが一度目は早く別れている。別れた相手とは以後も友達であったと言う。

 

 

自分の家族は和歌を嗜むが夫は武勇の達人で和歌は苦手であったそうだ。価値観の相違で別れたと言う。【267段】

 

 

驚きの耳の話は有名で、小さい声で話しているにもかかわらず地獄耳と言うのはあると言うお話。大蔵省長官・藤原正光が

 

 

自分が邪魔であることを聞き取り、女房たちが中将・源成信に扇子の絵のことを聞こうとするのを阻まれた。それを

 

 

蚊の睫が落ちることも聞き分ける耳だと綴っている。成信は女房達に人気がある上、宿直と聞いていたので聞きに行こうとしたら

 

 

その場所に大蔵卿正光が座っていた。彼は梃でも動かない姿勢を示した。男の嫉妬は恐ろしや~【275段】

 

 

紫式部は「もののあわれ」を引用したが清少納言は「いとをかし」を多用した。中々度胸ある女人で夜、牛車に乗って

 

 

川を渡り、眺めた月の美しさと体に掛かる水のしぶきが心地よいと言っている。物騒な平安の都で如何に風流とはいえ

 

 

夜外出する過剰な好奇心は如何なものか。【232段】

 



画像>平安貴族 嫉妬と寵愛の作法 監修 繁田信一 裏表紙を拝借

 

 

或る日中宮定子の弟藤原道家が来て姉に扇子を送りたいと言う。骨は今までにない物にしてあげたいが、まだ決めてない。

 

 

何か名案はないかと姉に尋ねている。傍にいた清少納言が洒落で「クラゲの骨で作ってあげたらいかがでしょう」

 

 

と言った。ユーモアが理解できる中納言・道家は大笑いして「世界に一つとない扇子じゃ」と褒めて清少納言、言うことがセンス

 

いいと言ったとか言わないとか、私は知らない。笑いあり自慢ありの草枕、いや違った「枕草紙」因みに夏目漱石のタイトルエッ

 

 

 

セイは「枕草紙」からあやかっている。【102段】

 

寝殿作りの建物は寺のお堂みたいに広く、仕切りがないから冬は寒かろう。中宮定子は雪が降っているので締め切っていた。

 

 

そしたら定子が「高炉峰の雪はどうなっているかね?」と清少納言に聞いてきた。そこで格子窓を開け、簾を上げて庭に降り積も

 

った雪を見せてあげた。中国の高い山高炉峰の雪を謳った有名な漢詩があった。簾を上げて高炉峰の雪を眺む。

 

 

高炉峰と聞いただけで簾を上げるキーワードを知らないと中宮の女房として失格である。他の女房達は漢詩の素養がないから

 

 

意味不明であった。宮中生活での嬉しい一つとして上げている。【299段】

 

 

そして最後に第1段の「春にあけぼに・・・・」日本の1000年頃の四季の素晴らしさを綴っている。2024年現日本は

 

 

夏冬の二季の変化する途上のようだし、風景を見て「いとをかし」と堪能できる心の余裕を持つ人々は指折り数える

 

 

だけになった。文明の利器自動車がいけない、ケータイ文化の弊害があるとはいえ、便利は有効に使ってこそ有意義な

 

 

人生が味わえる。でもたまにのんびり構えた平安朝貴族のように月を愛で、桜香を嗅いで遠い祖先にタイムスリップして

 

 

和歌の一つでも謡いたいものである。「春はあけぼの。夏は夜、月の頃はさらなり、やみもなお、ほたるの多く

 

 

飛びちがひたる・・・・・、秋は夕暮れ・・・冬はつとめて。雪の降りたるは いふべきにあらず・・」

 

 

暖冬とはいえもうすぐ節分、立春だ。

 

 

 

動画>枕草紙の歌